第53話 初めての薬草採集
朝露が草花を濡らす、爽やかな初夏の朝。
朝食を終えたアルスは、庭へ向かおうとしている父カインに呼び止められた。
「アルス。」
「今日は少し勉強の内容を変えてみよう。」
アルスは首を傾げる。
「何をするのですか?」
父は優しく微笑んだ。
「薬草について学ぶ。」
「領主は領民の暮らしを知ることが大切だ。」
「病気や怪我の治療に使う薬草も、その一つだからな。」
アルスは嬉しそうに頷いた。
「はい、お父様!」
◇◇◇
屋敷の裏庭には、小さな薬草園があった。
色とりどりの植物が整然と植えられている。
そこで待っていたのは、一人の女性だった。
「おはようございます、旦那様。」
「アルス様。」
白いエプロンを身につけた落ち着いた女性が一礼する。
「彼女は屋敷の薬師、マリアだ。」
父が紹介する。
「屋敷で使う薬や薬草の管理を任せている。」
「よろしくお願いします。」
アルスも丁寧に頭を下げた。
「よろしくお願いいたします、マリアさん。」
マリアは優しく微笑んだ。
「こちらこそ、よろしくお願いいたします。」
◇◇◇
「では、まずはこちらをご覧ください。」
マリアは一株の植物を指差した。
丸い葉を付けた、小さな緑色の草だった。
「これは『ヒール草』です。」
「傷薬の材料になります。」
「傷薬?」
「はい。」
「葉を乾燥させ、すり潰して薬にするのですよ。」
アルスは葉をそっと触ってみる。
柔らかく、少しひんやりしていた。
(植物にも役割があるんだ。)
◇◇◇
次に案内されたのは、青い花を咲かせる植物だった。
「こちらは『ブルーミント』。」
「熱を下げる薬に使われます。」
爽やかな香りが漂ってくる。
「いい匂い。」
「香りにも効能があるんですよ。」
マリアは一本摘み取り、アルスへ渡した。
「ありがとうございます。」
アルスは大切そうに受け取った。
◇◇◇
「アルス様。」
「薬草を採る時に、一番大切なことは何だと思いますか?」
突然の質問だった。
アルスは少し考える。
「……たくさん採ること?」
マリアは首を横に振った。
「違います。」
「必要な分だけ採ることです。」
「全部採ってしまえば、来年は生えてきません。」
「自然からいただく時は、自然へ感謝することも大切なのです。」
アルスは真剣に頷いた。
(鍛冶も同じだ。)
鉱石にも限りがある。
何でも取り尽くしてしまえば、未来に残らない。
◇◇◇
その後、薬草園の外へ出て、小さな森を歩く。
「薬草は野原にも生えています。」
マリアは慎重に歩きながら説明する。
「ですが、毒草もあります。」
似た形の草を二本並べる。
「こちらが薬草。」
「こちらが毒草です。」
アルスはじっと見比べる。
(本当にそっくりだ。)
葉の形はほとんど同じ。
違うのは葉脈の色と、茎の太さくらいだった。
「慣れないうちは、必ず経験者と一緒に採取してくださいね。」
「はい。」
◇◇◇
その時、小さな白い花が目に入った。
(鑑定。)
誰にも気付かれないよう、心の中で能力を使う。
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【ヒール草】
分類:薬草
品質:良好
効能:傷の治癒を助ける薬の材料。
採取時期:春~初夏
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(やっぱり。)
鑑定は正確だった。
だがアルスは、そのことを誰にも話さない。
便利な力だからこそ、頼りすぎないと決めている。
まずは自分の目で見て、学ぶことが大切だ。
◇◇◇
昼前。
父カインも薬草園へやって来た。
「どうだった?」
アルスは笑顔で答える。
「薬草にも、いろんな種類がありました。」
「全部大切なんですね。」
父は満足そうに頷く。
「そうだ。」
「派手な花だけが価値あるものではない。」
「小さな薬草も、多くの人の命を救う。」
「人も同じだ。」
「一人ひとりに役割がある。」
その言葉は、アルスの胸へ静かに刻まれた。
◇◇◇
午後。
鍛冶場へ立ち寄ると、ゴルンが笑いながら声を掛けた。
「坊ちゃん。」
「今日は薬草採りだったんだって?」
「はい!」
「薬師さんはすごかったです!」
ゴルンは豪快に笑う。
「鍛冶師も薬師も同じ職人だ。」
「毎日学んで、毎日腕を磨く。」
「どんな仕事にも誇りがある。」
アルスは大きく頷いた。
◇◇◇
夜。
部屋へ戻ると、今日採取したヒール草を小さな花瓶へ飾った。
緑色の葉が月明かりに照らされ、優しく揺れている。
魔力操作を終えた後、アルスは手帳を開いた。
今日の言葉を書く。
『しぜんは たいせつな せんせい』
自然は多くを語らない。
だが、よく見て学べば、たくさんのことを教えてくれる。
薬草も。
木々も。
土も。
鉱石も。
すべてが、この世界で生きるための大切な知恵だった。
(もっと知りたい。)
(もっと学びたい。)
その小さな好奇心は、少年の未来を少しずつ広げていく。
アルスは穏やかな笑みを浮かべながら、静かに眠りにつくのだった。




