第52話 家族との夕食
夕暮れ。
オレンジ色の陽光がシュゲール伯爵家の屋敷を優しく照らしていた。
領主としての執務を終えた父カイン。
家事や使用人たちへの指示を終えた母エリザ。
勉強を終えたアレックスとエルゼ。
そして、一日の稽古と勉強を終えたアルス。
それぞれが食堂へ集まり、一日の終わりを迎える。
◇◇◇
長いテーブルには、今日も美味しそうな料理が並んでいた。
焼きたてのパン。
野菜たっぷりのスープ。
香草で味付けされた鶏肉。
採れたての野菜のサラダ。
食後の果物。
湯気とともに、食欲をそそる香りが部屋いっぱいに広がる。
「皆、揃ったな。」
父が席に着く。
家族もそれぞれの席へ座った。
母が微笑みながら言う。
「それでは。」
「いただきます。」
「「「いただきます。」」」
家族全員の声が重なった。
◇◇◇
「アルス。」
父がパンを取り分けながら尋ねる。
「今日は何を勉強したんだ?」
アルスは嬉しそうに答える。
「身体の使い方です。」
「剣も鍛冶も、体全部を使うって教わりました。」
「ほう。」
父は満足そうに頷く。
「よく覚えているな。」
「基礎を大切にすることは、どんな仕事にも通じる。」
「はい!」
◇◇◇
エルゼが笑顔で身を乗り出した。
「アルス!」
「今日も木剣の練習したの?」
「うん。」
「十回振ったよ。」
「すごい!」
エルゼは嬉しそうに拍手する。
「お姉ちゃんも応援してるからね!」
「ありがとう、お姉様。」
そのやり取りを見て、アレックスが苦笑した。
「姉さんは本当にアルスが大好きだね。」
「もちろん!」
エルゼは胸を張る。
「世界で一番可愛い弟だもの!」
食堂には笑い声が広がった。
◇◇◇
母エリザは温かなスープをアルスの前へ置く。
「今日はたくさん体を動かしたでしょう?」
「ゆっくり食べるのですよ。」
「はい、お母様。」
一口飲む。
優しい味が体へ染み渡る。
(美味しい……。)
前世では、一人で食事をする日も少なくなかった。
仕事で遅くなったり、入院していた時期もあった。
だからこそ、家族みんなで食卓を囲める時間が、何より幸せに感じられる。
◇◇◇
食事が進む中、父が静かに話し始めた。
「領主の仕事は忙しい。」
「騎士も。」
「職人も。」
「農民も。」
「皆、それぞれ大切な役目がある。」
父は家族一人ひとりを見渡した。
「だからこそ、こうして家族全員で食事をする時間を大切にしたい。」
母も微笑んで頷く。
「食事は、お腹を満たすだけではありません。」
「今日あった出来事を話し合い、家族の笑顔を確かめる時間でもあるのです。」
アルスはその言葉を胸に刻んだ。
◇◇◇
食後。
果物を食べながら、アレックスがアルスへ話しかける。
「アルス。」
「今度、図書室でおすすめの本を紹介してあげるよ。」
「本当?」
「ああ。」
「僕が子どもの頃に読んで面白かった本なんだ。」
「ありがとう、兄様!」
アルスは目を輝かせた。
エルゼも負けじと手を挙げる。
「じゃあ私は、お庭のお花を教えてあげる!」
「一緒にお散歩しよう!」
「うん!」
兄と姉、それぞれがアルスを気に掛けてくれている。
その優しさが嬉しかった。
◇◇◇
食事を終えると、家族は食堂を後にする。
父は執務室へ。
母は使用人たちとの確認へ。
アレックスは勉強へ。
エルゼはアルスを部屋まで送ってくれた。
「おやすみ、アルス。」
「おやすみ、お姉様。」
エルゼはアルスの頭を優しく撫でて、自分の部屋へ戻っていく。
◇◇◇
夜。
いつものように魔力操作と身体操作の鍛錬を終えたアルスは、机へ向かった。
今日も手帳を開く。
少しずつ文字を書くのも上手になってきた。
今日の言葉は――。
『みんなで たべる ごはんは おいしい』
短い言葉だった。
しかし、その一文には今日感じた幸せが詰まっている。
家族と笑い合いながら食べる食事。
それはどんな豪華な料理よりも温かかった。
(この時間を、ずっと守りたい。)
家族が笑顔で食卓を囲める毎日。
領民たちも安心して夕食を楽しめる暮らし。
そんな世界を築くために、自分はもっと学び、もっと成長しよう。
アルスは窓の外に輝く星空を見上げ、小さく微笑んだ。
家族の温もりを胸に抱きながら、少年は静かに眠りへと落ちていく。
その穏やかな夜は、未来の伯爵として歩むアルスの心を、優しく育んでいくのだった。




