第51話 身体操作の鍛錬
シュゲール伯爵家の屋敷が静まり返る夜。
アルスはいつものように魔力操作の鍛錬を終えると、ベッドの上でゆっくりと息を吐いた。
「今日は……身体操作も少し試してみよう。」
神から授かった転生特典――《身体操作》。
生まれてからこれまで、必要以上に使うことは避けてきた。
幼い体には無理をさせたくなかったからだ。
しかし三歳になり、剣術や魔法の訓練も始まった今なら、少しずつ鍛えても問題はないだろう。
◇◇◇
アルスは目を閉じ、自分の体へ意識を向ける。
指先。
手首。
肘。
肩。
首。
胸。
腰。
膝。
足首。
つま先。
一つひとつを丁寧に感じ取っていく。
(焦らない。)
(まずは自分の体を知ること。)
前世で剣道や日本刀鍛冶を学んだ時も、師匠から何度も言われた言葉だった。
『体を知らずして、技は身につかない。』
その教えは、この世界でも変わらない。
◇◇◇
身体操作の力をほんの少しだけ使う。
肩の力を抜く。
背筋を自然に伸ばす。
呼吸に合わせて重心を整える。
ほんのわずかな変化だったが、体が驚くほど軽く感じられた。
(これが身体操作……。)
無理に力を強くする能力ではない。
体を正しく動かし、本来の力を引き出す技術だった。
◇◇◇
翌朝。
父カインとの剣術稽古。
「礼。」
「はい。」
二人は静かに一礼する。
「今日は足の動きを覚えよう。」
「剣は腕だけで振るものではない。」
「足で立ち。」
「腰で支え。」
「全身で振る。」
アルスは真剣に父の動きを見つめる。
(やっぱり同じだ。)
昨日、身体操作で感じたことと一致している。
剣は全身を使う。
だからこそ、体の使い方が大切なのだ。
◇◇◇
父の真似をして、一歩踏み出す。
右足。
左足。
ゆっくり。
丁寧に。
身体操作は使わず、自分の体だけで動く。
「うん。」
父は微笑んだ。
「重心が安定してきた。」
「毎日続けている成果だな。」
「ありがとうございます。」
アルスは嬉しそうに頭を下げた。
◇◇◇
午前中。
家庭教師リーナとの授業では、人体について学んでいた。
「人の体には筋肉があり、骨があり、それぞれ役割があります。」
リーナは人体図を見せながら説明する。
「無理な姿勢を続けると体を痛めます。」
「だから正しい姿勢が大切なのです。」
アルスは思わず頷く。
身体操作も、剣術も、同じだった。
正しい姿勢が基本になる。
◇◇◇
午後。
鍛冶場を訪れると、ゴルンが大きな槌を振っていた。
カン!
カン!
力強い音が響く。
「坊ちゃん。」
「槌って重そうでしょう?」
「はい。」
ゴルンは笑った。
「実はな。」
「腕の力だけじゃない。」
「足で踏ん張って。」
「腰を使って。」
「最後に腕を振る。」
「全部つながってるんだ。」
アルスの目が輝く。
(鍛冶も全身なんだ。)
前世で師匠が言っていたことを思い出す。
どの世界でも、一流の職人の考え方は似ている。
◇◇◇
夕方。
庭ではエルゼが花壇へ水をあげていた。
「アルス。」
「見て見て!」
大きなじょうろを持ち上げようとして、少しふらつく。
アルスは慌てて支えた。
「ありがとう!」
エルゼは笑顔になる。
「力だけじゃ持てないね。」
その言葉にアルスは小さく笑った。
(体の使い方が大事なんだ。)
◇◇◇
夜。
今日も静かな時間が訪れる。
アルスは魔力操作を終えた後、ゆっくりと身体操作の鍛錬を始めた。
無理はしない。
少しずつ。
毎日続ける。
それが一番の近道だ。
神から授かった力だからこそ、慢心せず努力で磨き続ける。
それがアルスの信条だった。
手帳を開き、今日の言葉を書き記す。
『からだは すべて つながっている』
剣術も。
鍛冶も。
魔法も。
そして日常の動作も。
すべては体の使い方から始まる。
その基礎を大切にしながら、アルスは静かに目を閉じた。
小さな積み重ねは、誰にも気付かれない。
しかしその努力は、未来で世界を変えるほどの大きな力へと育っていくのだった。




