第5話 一歳の誕生日
季節は巡り、暖かな春が再びシュゲール伯爵家を包んでいた。
今日、アルス・シュゲールは一歳の誕生日を迎える。
「アルス、お誕生日おめでとう」
母エリザが優しく抱きしめてくれる。
「あー!」
俺も嬉しそうに両手を伸ばす。
もちろん、中身は前世の記憶を持つ大人だ。
それでも、この一年間を家族と過ごしてきたことで、この温かな日常がかけがえのないものになっていた。
「おめでとう、アルス」
父カインも穏やかな笑みを浮かべる。
「これからも健やかに育ってくれ」
その言葉に、俺は小さく笑顔を返した。
◇◇◇
「アルスー!」
勢いよく部屋へ飛び込んできたのは姉エルゼだ。
もうすっかり日課になっている。
「今日は誕生日だから、お姉ちゃんがいっぱい遊んであげる!」
その後ろから兄アレックスも歩いてくる。
「姉さん、一人で暴走しないでよ」
「暴走なんてしてないもん!」
「昨日もアルスを抱っこしたまま屋敷を走って、お父様に怒られてたよね?」
「うっ……」
エルゼが言葉に詰まる。
部屋に笑いが広がった。
(この兄妹、本当に仲がいいな)
見ているだけで自然と笑顔になってしまう。
◇◇◇
昼食後。
俺は広い応接室へ連れて来られていた。
「さあ、アルス」
父が両手を広げる。
「歩いておいで」
(来たか)
一歳になった俺は、少しずつ歩けるようになっていた。
もちろん、《身体操作》を使えば走ることすらできるだろう。
だが、それでは不自然だ。
だから普通の子どもと同じように、少しずつ成長しているよう見せている。
「よいしょ……」
小さな足を前へ出す。
とてっ。
もう一歩。
そしてもう一歩。
バランスを崩しそうになるが、《身体操作》でほんの少しだけ体勢を整える。
決して目立たない程度に。
「おぉ!」
父が目を細めた。
「歩いた!」
母が嬉しそうに手を叩く。
「アルスすごい!」
エルゼは飛び跳ねて喜び、
「もう歩けるなんて、さすが弟だね」
アレックスも微笑んだ。
俺は最後の一歩で父の胸へ飛び込む。
「よく頑張ったな」
大きな手で頭を撫でられる。
その温もりが、とても心地良かった。
◇◇◇
夜。
誕生日祝いも終わり、屋敷は静けさを取り戻していた。
俺はベッドの中で、今日も魔力を巡らせる。
一年間。
毎日欠かさず続けてきた鍛錬。
魔力は以前よりもはるかに滑らかに流れるようになっていた。
(少しずつだけど、確実に成長してる)
火属性初級魔法。
水属性初級魔法。
どちらも小規模ながら安定して発動できるようになってきた。
もちろん誰にも見せてはいない。
焦る必要はない。
今は基礎を積み重ねる時期だ。
そして、もう一つ。
最近になって気付き始めたことがある。
(この世界の文字……)
屋敷には本棚があり、父の執務室にも大量の書物が並んでいる。
まだ読むことはできない。
だが、今のうちから覚え始めれば、学問も大きな武器になるはずだ。
鍛冶も、魔法も、知識があってこそ発展する。
(まずは文字を覚えよう)
前世では、本から多くを学んだ。
この世界でも同じだ。
知識は、人を豊かにする力になる。
そして俺は、その知識で世界を少しずつ変えていきたい。
そんな決意を胸に、一歳になったアルスは静かに眠りにつくのだった。




