第49話 屋敷の図書室
翌朝。
朝食を終えたアルスは、父カインから一つの提案を受けた。
「アルス。」
「今日は我が家の図書室を案内しよう。」
その言葉にアルスの瞳が輝く。
「図書室!」
「はい、お父様!」
前世でも本を読むことは好きだった。
まして、この世界の知識が詰まった図書室なら、興味が尽きることはない。
◇◇◇
父に案内され、屋敷の奥へ進む。
普段あまり来ることのない廊下を歩き、大きな木製の扉の前で父は立ち止まった。
「ここだ。」
重厚な扉がゆっくりと開く。
そこには、天井まで届くほど高い本棚が何列も並んでいた。
「わあ……。」
アルスは思わず息を呑む。
本、本、本。
数え切れないほどの本が整然と並べられている。
窓から差し込む柔らかな陽射しが、本棚を優しく照らしていた。
◇◇◇
「この図書室には、シュゲール家が代々集めてきた本が保管されている。」
父はゆっくりと説明する。
「歴史書。」
「地理書。」
「魔法書。」
「農業や建築の本。」
「鍛冶や薬学についての本もある。」
アルスの胸は高鳴った。
(こんなにたくさん……。)
まるで宝の山だ。
◇◇◇
その時、一人の初老の男性が近づいてきた。
「カイン様、お待ちしておりました。」
「アルス様も、ようこそ図書室へ。」
父が紹介する。
「彼はこの図書室を管理している、司書のオズワルドだ。」
「よろしくお願いします。」
アルスは丁寧に頭を下げた。
「よろしくお願いいたします、アルス様。」
オズワルドも優雅に一礼した。
◇◇◇
「アルス様には、まずこちらがおすすめです。」
オズワルドが持ってきたのは、一冊の絵本だった。
表紙には可愛らしい動物たちが描かれている。
「これは世界の動物を紹介した本です。」
「ありがとうございます。」
アルスはページをめくる。
そこには見たことのない魔物や動物の絵が、美しく描かれていた。
「この世界には、こんな生き物もいるんだ……。」
思わず見入ってしまう。
◇◇◇
次に手に取ったのは、子ども向けの歴史書だった。
「セレン王国建国記。」
建国王の伝説や、各地の領地がどのように発展してきたかが、分かりやすく書かれている。
父はアルスの隣へ座った。
「歴史を知ることは大切だ。」
「昔の人々が何を考え、何を残したのか。」
「それを知れば、同じ失敗を繰り返さずに済む。」
アルスは静かに頷いた。
(前世の知識も大切。)
(でも、この世界の歴史を知らなければ、本当に役立つものは作れない。)
◇◇◇
しばらく本を読んでいると、一冊の分厚い本が目に留まった。
背表紙には、
『セレン鉱石図鑑』
と書かれている。
「読んでもいいですか?」
アルスが尋ねると、父は笑顔で頷いた。
「もちろんだ。」
ページを開く。
銅鉱石。
鉄鉱石。
砂鉄。
そして――。
ミスリル。
オリハルコン。
魔鉄。
ヒヒイロガネ。
アダマンタイト。
知っている名前もあれば、初めて見る説明もある。
(やっぱり砂鉄がある。)
アルスは心の中で静かに微笑んだ。
いつか、たたら製鉄を再現する日が来る。
その時のためにも、今は知識を蓄える時だ。
◇◇◇
午後。
図書室を出る前に、オズワルドがアルスへ栞を一枚手渡した。
シュゲール家の紋章が刻まれた、美しい革製の栞だった。
「本は急いで読むものではありません。」
「一冊ずつ、大切に読んでください。」
「はい!」
アルスは嬉しそうに受け取る。
◇◇◇
部屋へ戻ると、今日借りた絵本を机へ置く。
その横には、ゴルンからもらった銅板と、バルトから贈られた木の小鳥。
そして新しく手に入れた栞。
少しずつ、大切な宝物が増えていく。
夜になり、いつものように魔力操作を終えると、アルスは手帳を開いた。
今日書いた言葉は一つ。
『ちしきは たからもの』
前世で得た知識。
この世界で学ぶ知識。
そのどちらも、未来を切り開く大切な力になる。
焦らず、一冊ずつ読み進めよう。
一つずつ学ぼう。
その積み重ねが、いつか世界をより豊かにする日を信じて。
アルスは窓から見える星空を眺めながら、静かに眠りにつくのだった。




