第47話 魔力操作の秘密
シュゲール伯爵家が静寂に包まれる深夜。
廊下を照らす魔導ランプの明かりも落とされ、屋敷の誰もが眠りについていた。
しかし、一つの部屋だけは違う。
アルスの寝室だった。
ベッドの上で静かに目を閉じる幼い少年は、ゆっくりと意識を自分の内側へ向けていく。
(今日も始めよう。)
生まれてから三年間。
一日も欠かしたことのない鍛錬。
それが――魔力操作だった。
◇◇◇
アルスは呼吸を整える。
ゆっくり吸い。
ゆっくり吐く。
それに合わせるように、体の奥底にある魔力が静かに巡り始める。
頭から胸へ。
胸から腕へ。
腕から指先へ。
さらに足先まで。
川の流れのように、途切れることなく魔力を循環させていく。
(少しずつ……。)
(焦らない。)
前世で剣術を学んだ時も、鍛冶を学んだ時も同じだった。
急いで身につく技術などない。
だからこそ、毎日積み重ねる。
◇◇◇
神から授かった《魔力操作》という転生特典。
そのおかげで、アルスは生まれた時から魔力の流れを感じることができた。
しかし、それだけでは終わらせなかった。
自分の力として身につけるため、毎日少しずつ鍛え続けた。
魔力を細く流す。
今度は太く。
さらに一本だった流れを二本へ。
三本へ。
複雑に分けても、乱れないよう慎重に操る。
その動きは、もはや呼吸をするのと変わらないほど自然になっていた。
◇◇◇
しばらくすると、アルスはゆっくりと目を開けた。
窓からは月明かりが差し込んでいる。
(今日も少し成長できたかな。)
魔力量そのものも、三年前とは比べものにならない。
普通の三歳児なら、まだ魔法を一度使えば疲れてしまう。
しかしアルスは違う。
毎日の鍛錬によって、魔力の器そのものが少しずつ広がっていた。
もちろん、そのことを誰にも話すつもりはない。
◇◇◇
翌朝。
朝食の席。
「アルス。」
父カインが優しく声を掛ける。
「最近、魔法の訓練も順調だな。」
「はい、お父様。」
「リーナ先生からも褒めていただきました。」
父は嬉しそうに微笑む。
「努力を続けているからだろう。」
「魔法は才能だけでは伸びない。」
「毎日の積み重ねが一番大切だ。」
アルスは静かに頷いた。
(本当は毎晩も鍛えてるけどね。)
心の中だけで小さく笑う。
◇◇◇
午前中。
リーナとの授業では、魔法理論について学んでいた。
「アルス様。」
「魔力量が多い人ほど強い魔法が使える、と思われがちです。」
「違うんですか?」
「ええ。」
リーナは頷いた。
「どれだけ魔力があっても、制御できなければ意味がありません。」
「逆に、魔力量が少なくても、制御が上手なら効率よく魔法を使えます。」
アルスはその言葉を聞き、安心した。
(やっぱり魔力操作は間違っていなかった。)
毎晩続けてきた努力は、この世界でも正しい鍛錬だったのだ。
◇◇◇
午後。
鍛冶場を訪れると、ゴルンが鉄を磨いていた。
「坊ちゃん。」
「鉄も魔法も同じだぞ。」
「え?」
「良い鉄は、一日じゃできねぇ。」
「何度も熱して。」
「何度も叩いて。」
「何度も鍛える。」
「だから強くなる。」
アルスは笑顔になった。
今日もまた同じ教えだった。
積み重ね。
継続。
基礎。
どの道にも共通する、大切な言葉。
◇◇◇
夕方。
庭で素振りを終えると、アレックスが隣へ座った。
「アルス。」
「最近、毎日頑張ってるね。」
「兄様も。」
「僕?」
「毎日、お稽古してる。」
アレックスは照れくさそうに笑う。
「未来の当主だからね。」
「でも、アルスも負けないくらい努力家だよ。」
その言葉に、アルスは少しだけ嬉しくなった。
◇◇◇
夜。
再び静かな時間が訪れる。
アルスは今日も魔力操作を始めた。
誰も知らない努力。
誰にも褒められない鍛錬。
それでも続ける。
(いつか……。)
(この力で人を助けられる日が来る。)
その日のために。
今日も。
明日も。
その先も。
一歩ずつ積み重ねていこう。
月明かりに照らされた部屋で、幼い少年は静かに魔力を巡らせ続ける。
その努力はまだ誰にも知られていない。
だが、その積み重ねは確実に未来へとつながっていた。




