第45話 初めての魔法訓練
三歳になってしばらく経ったある朝。
朝食を終えたアルスは、父カインに訓練場へ呼ばれていた。
青空の下、訓練場には小さな的と、魔法の暴発を防ぐための結界が張られている。
「アルス。」
父は穏やかな笑みを浮かべた。
「今日から本格的な魔法訓練を始めよう。」
アルスは背筋を伸ばした。
「はい、お父様。」
(ついにこの日が来た。)
生まれた時から密かに魔力操作を鍛え続けてきた。
しかし、それを人に見せるのは今日が初めてだ。
もちろん、本当の実力を見せるつもりはない。
三歳の子どもらしく、一歩ずつ成長していく姿を見せなければならない。
◇◇◇
「まずは魔法を撃つことではない。」
父は自分の胸へ手を当てた。
「魔力を感じ、正しく動かすことから始める。」
「魔法の基礎は魔力操作だ。」
「はい。」
アルスは静かに目を閉じる。
体内を流れる魔力をゆっくりと巡らせる。
(少しだけ……。)
本来なら全身を自在に巡らせられるが、今日は慎重に加減する。
「どうだ?」
「……温かいです。」
父は満足そうに頷いた。
「よし。」
「その感覚を忘れないように。」
◇◇◇
続いて父は、小さな石の的を指差した。
「今日は初級火属性魔法だけだ。」
「焦らず、小さな火を灯すことだけを考えなさい。」
「はい。」
アルスは右手を前へ出した。
(ほんの少しだけ魔力を集めよう。)
魔力を火属性へ変換する。
ゆっくり。
丁寧に。
「《ファイアー》」
ぽっ。
小さな炎が手のひらに灯る。
拳ほどの大きさもない、小さく穏やかな炎だった。
「おお……。」
父は目を細める。
「初めてとは思えないほど安定している。」
少し離れて見ていたリーナ先生も笑顔になった。
「魔力が乱れていません。」
「落ち着いて制御できていますね。」
アルスは少し照れたように笑った。
(これくらいなら自然かな。)
◇◇◇
父は炎を見つめながら静かに語る。
「アルス。」
「火は便利だ。」
「料理もできる。」
「寒い日には人を温める。」
「だが、一歩間違えれば家も森も焼いてしまう。」
父は真剣な表情になる。
「だから、魔法を使う者には責任がある。」
「力があるほど、その責任も大きくなる。」
「はい、お父様。」
アルスも真剣な表情で頷いた。
その言葉は、前世で鍛冶師の師匠から聞いた教えにもよく似ていた。
良い道具は人を助ける。
だが、使い方を誤れば人を傷付けることもある。
力には責任が伴うのだ。
◇◇◇
休憩中。
エルゼとアレックスが訓練場へやって来た。
「アルス!」
「見てたよ!」
「火が出たね!」
エルゼは目を輝かせて拍手する。
「すごい!」
「ありがとう、お姉様。」
アレックスも嬉しそうに笑う。
「僕も最初は炎がすぐ消えてしまったよ。」
「アルスは落ち着いていたね。」
兄の言葉に、アルスは素直に頭を下げた。
「まだまだ勉強です。」
◇◇◇
午後。
鍛冶場を訪れると、ゴルンが炉へ火を入れていた。
「坊ちゃん。」
「魔法訓練だったんだって?」
「はい。」
ゴルンは炉の炎を見つめながら笑う。
「火を扱う者は、いつも火を恐れろ。」
「恐れるって……。」
「怖がるって意味じゃねぇ。」
「油断しないってことだ。」
「火を大切に扱う職人だけが、一人前になれる。」
アルスは深く頷いた。
「覚えておきます。」
◇◇◇
夜。
部屋へ戻ると、アルスはいつものように魔力操作を始めた。
今日の訓練を思い返す。
火を灯した瞬間。
父の教え。
ゴルンの言葉。
どれも大切な学びだった。
(魔法は便利な力。)
(でも、それ以上に責任のある力なんだ。)
前世の知識。
神から授かった転生特典。
そして、今世で学ぶ家族の教え。
そのすべてを胸に刻みながら、アルスは静かに魔力を巡らせる。
焦らず。
一歩ずつ。
積み重ねた努力は、きっと未来で人々を守る力になる。
そう信じながら、アルスは穏やかな眠りについた。




