第41話 初めての騎士団訓練
初夏の朝。
シュゲール伯爵家の屋敷には、いつもより大きな掛け声が響いていた。
「せいっ!」
「はっ!」
規則正しい声が風に乗って広がる。
朝食を終えたアルスは、その声に興味を引かれ、窓の外を見つめた。
「お父様。」
「あれは?」
父カインは微笑みながら答えた。
「私兵たちの訓練だ。」
「今日は見学してみるか?」
アルスは目を輝かせた。
「はい!」
◇◇◇
訓練場へ向かうと、約四十名の私兵たちが整列していた。
隊列は乱れることなく、まるで一本の剣のように揃っている。
隊長が前へ出た。
「伯爵様、おはようございます!」
「おはよう。」
父は頷き、アルスを前へ出す。
「今日は息子のアルスも見学させてもらう。」
「よろしくお願いいたします!」
私兵たちは一斉に敬礼した。
「よろしくお願いいたします、アルス様!」
アルスも慌てて頭を下げる。
「よろしくお願いします。」
◇◇◇
訓練が始まる。
まずは素振りだった。
「一!」
シュッ!
「二!」
シュッ!
四十本の木剣が同時に振られる。
その音は一つに重なり、美しく響いた。
「すごい……。」
アルスは思わず息を呑む。
一人ひとりの動きも見事だった。
しかし、それ以上に全員が同じ動きをしていることに驚いた。
◇◇◇
「アルス。」
父が静かに話しかける。
「どう思った?」
「みんな、いっしょ。」
「その通り。」
父は嬉しそうに頷く。
「剣が強いだけでは兵士にはなれない。」
「仲間と息を合わせること。」
「命令を正しく聞くこと。」
「それが大切なんだ。」
アルスは真剣な表情で訓練を見つめた。
◇◇◇
続いて二人一組の訓練が始まる。
木剣を打ち合わせながら、お互いの間合いを確かめている。
「そこ!」
「受けろ!」
カン!
乾いた音が響く。
アルスは一人の若い兵士が転びそうになるのを見た。
すると、隣の兵士がすぐ腕を支えた。
「大丈夫か?」
「ありがとう。」
二人は笑顔で立ち上がり、再び訓練を始める。
(助け合ってる。)
勝ち負けではない。
仲間だから助ける。
その姿がとても印象に残った。
◇◇◇
休憩時間。
一人の若い兵士がアルスへ近付いてきた。
「アルス様。」
「訓練はどうでしたか?」
「すごかった!」
「みんな、つよい!」
兵士は照れくさそうに笑う。
「ありがとうございます。」
「でも、一人では強くなれません。」
「毎日、仲間と練習しているから今があります。」
アルスは深く頷いた。
また「毎日」。
父も。
ゴルンも。
バルトも。
みんな同じことを教えてくれる。
◇◇◇
その時、隊長がアルスへ一本の木剣を差し出した。
「アルス様。」
「よろしければ、私と一本だけ。」
父が頷く。
「礼の練習だけだ。」
「はい。」
アルスは木剣を受け取る。
父から教わった通り、一礼する。
隊長も丁寧に礼を返した。
「それだけで十分です。」
「剣を持つ者にとって、一番大切なことですから。」
アルスは少し照れながら笑った。
◇◇◇
訓練が終わると、私兵たちは木剣や鎧の手入れを始めた。
「訓練が終わったら終わりじゃないんですね。」
アルスが尋ねると、隊長は頷く。
「武器を大切にする者は、自分の命も仲間の命も大切にできます。」
「だから毎日手入れをするんです。」
その言葉に、ゴルンの言葉が重なった。
『道具は手入れが命だ。』
剣も鍛冶も、同じなのだ。
◇◇◇
帰り道。
父と並んで歩きながら、アルスは今日の訓練を思い返していた。
「お父様。」
「一人が強くても、だめ?」
父は少しだけ空を見上げた。
「強いことは悪くない。」
「だが、一人で守れるものには限界がある。」
「だから仲間がいる。」
「互いに支え合い、力を合わせることで、多くの人を守れるんだ。」
アルスは静かに頷いた。
◇◇◇
夜。
魔力操作を終えたアルスは、今日も手帳を開いた。
ゆっくりと文字を書く。
『みんなで まもる』
少し曲がった文字だった。
だが、その意味はまっすぐだった。
一人ではできないことも、仲間がいればできる。
家族も。
職人も。
領民も。
そして私兵たちも。
みんなが力を合わせて、この領地を守っている。
(いつか俺も、その一人になろう。)
その決意を胸に、アルスは静かに目を閉じた。
窓の外では、満天の星々が静かに輝き、少年の未来を優しく照らしていた。




