第42話 風属性魔法との出会い
初夏の爽やかな風が、シュゲール伯爵家の庭を優しく吹き抜ける。
木々の葉がさらさらと揺れ、小鳥たちは青空を自由に飛び回っていた。
その日、アルスは家庭教師リーナとの魔法授業を楽しみに学習室へ向かっていた。
「おはようございます、リーナ先生。」
「おはようございます、アルス様。」
リーナは柔らかく微笑み、一冊の本を開く。
表紙には大きく書かれていた。
『風属性魔法・基礎理論』
「今日は風属性魔法を学びましょう。」
アルスの表情が明るくなる。
「はい!」
(風魔法か。)
火や水とはまた違う属性。
前世では存在しなかった力だけに、アルスの好奇心は膨らんでいた。
◇◇◇
「風は目には見えません。」
リーナは窓を開ける。
ふわりと風が部屋へ吹き込み、机の上の紙が揺れた。
「ですが、木の葉が揺れたり、髪がなびいたりすることで、その存在を知ることができます。」
アルスは窓の外へ目を向ける。
風は見えない。
それでも確かに存在していた。
「魔法も同じです。」
「風そのものを作るのではなく、魔力で風を動かすのです。」
アルスは真剣に頷いた。
◇◇◇
「まずは生活での使い方を覚えましょう。」
リーナは庭へ移動し、一枚の布を物干し台へ掛けた。
「《エアーフィールド》」
柔らかな風が布へ当たり、ふわりと広がる。
「あっ。」
アルスは目を丸くした。
「洗濯物を乾かす時にも使えるんですね。」
「その通りです。」
リーナは嬉しそうに微笑む。
「夏は涼しくしたり。」
「部屋の空気を入れ替えたり。」
「風魔法は生活にとても役立つ魔法なんですよ。」
(便利だな。)
アルスは前世の扇風機や換気扇を思い浮かべた。
魔法があれば、それに近いこともできるのかもしれない。
◇◇◇
「では、アルス様もやってみましょう。」
「はい。」
アルスは右手を前へ出す。
(今日も少しだけ。)
魔力を静かに集める。
長年鍛えてきた魔力操作で、慎重に風属性へ変換する。
「《エアーフィールド》」
ふわっ。
優しい風がアルスの前だけを吹き抜けた。
机の上に置かれた一枚の紙が、ひらりと舞う。
「素晴らしいです!」
リーナは笑顔で拍手した。
「とても穏やかな風ですね。」
「魔力の流れも安定しています。」
アルスは少し照れたように笑う。
(うまく加減できた。)
本気を出せば、もっと強い風も起こせる。
しかし、それでは不自然だ。
今は三歳らしい成長を見せることが大切だった。
◇◇◇
授業が終わる頃、庭師たちが庭木の手入れをしていた。
「アルス様。」
一人の庭師が声を掛ける。
「風は木にとっても大切なんですよ。」
「どうして?」
「風が吹くことで湿気がこもらず、病気になりにくくなるんです。」
アルスは木々を見上げる。
確かに風が枝を揺らし、葉の間を抜けていく。
(風にも役割があるんだ。)
◇◇◇
午後。
鍛冶場を訪れると、ゴルンが炉へ空気を送っていた。
大きな革製のふいごを押すたびに、炎が勢いよく燃え上がる。
「坊ちゃん。」
「今日の授業は風魔法だったそうだな。」
「はい。」
ゴルンは笑いながら炎を指差した。
「鍛冶でも風は大事だ。」
「火だけあっても駄目。」
「しっかり空気を送ってやらなきゃ、鉄は十分に熱くならねぇ。」
アルスの目が輝く。
(そうか!)
風は火を助ける。
魔法も鍛冶も、互いに支え合っているのだ。
◇◇◇
夕方。
父カインと庭を散歩していると、一羽の白い鳥が風へ乗って空高く舞い上がった。
「気持ちよさそうですね。」
アルスが呟くと、父は頷いた。
「風は姿が見えない。」
「だが、誰にでも平等に吹く。」
「人を助ける力も、そんな存在でありたいものだ。」
アルスは静かにその言葉を胸へ刻んだ。
◇◇◇
夜。
部屋へ戻ると、いつものように魔力操作を始める。
火。
水。
そして風。
三つの属性を静かに循環させる。
それぞれ性質は違う。
だからこそ、面白い。
(魔法って、本当に奥が深い。)
戦うためだけではない。
暮らしを支え。
鍛冶を支え。
自然とも調和する力。
この世界の魔法は、人々の生活そのものだった。
アルスは手帳を開き、今日の学びを書き記す。
『かぜは みえないけれど みんなを ささえている』
文字はまだ幼い。
しかし、その言葉には三歳のアルスなりの大切な気付きが込められていた。
風のように人を支えられる存在になろう。
その小さな決意を胸に、アルスは静かに眠りにつくのだった。




