第38話 木工職人の知恵
初めての鍛冶体験から数日後。
アルスは大切そうに銅板を抱えながら、鍛冶場を訪れていた。
「おはようございます、ゴルンさん。」
「おう、坊ちゃん!」
ゴルンはアルスの手にある銅板を見て、豪快に笑った。
「まだ持ち歩いてるのか。」
「はい!」
「ぼくの、はじめての作品です。」
「はっはっは!」
「職人はな、自分が初めて作った物なんて一生忘れねぇもんだ。」
ゴルンはそう言うと、隣の工房を指差した。
「今日はバルトのところへ行ってみな。」
「ちょうど面白い物を作ってるぞ。」
「はい!」
◇◇◇
木工工房へ入ると、木の優しい香りがアルスを迎えた。
ギコッ、ギコッ。
のこぎりで木を切る音。
シュッシュッ。
鉋をかける音。
鍛冶場とは違う、落ち着いた空気が流れている。
「おや。」
「アルス坊ちゃん。」
木工職人バルトが笑顔で手を振った。
「いらっしゃい。」
「こんにちは、バルトさん。」
◇◇◇
「ちょうど良かった。」
「今、荷車を作ってるところなんだ。」
作業台の上には、組み立て途中の荷車が置かれていた。
車輪。
木の枠。
長い柄。
どれも丁寧に作られている。
「すごい……。」
アルスは目を輝かせた。
「これ、一人で作ったの?」
バルトは首を横に振る。
「いや。」
「木の部分は俺。」
「車輪の軸や金具はゴルン。」
「革の固定具は革職人。」
「みんなで作るんだ。」
アルスは驚いた。
「みんなで……。」
◇◇◇
そこへ、ちょうどゴルンが鉄の金具を持ってやって来た。
「ほら。」
「注文の蝶番と車輪の軸だ。」
「ありがとう。」
バルトは受け取ると、荷車へ取り付けていく。
木だけでは強度が足りない。
鉄だけでは形にならない。
二つが合わさって、初めて丈夫な荷車になる。
「坊ちゃん。」
バルトが笑顔で言う。
「木には木の良さがある。」
「鉄には鉄の良さがある。」
「無理に同じことをさせちゃ駄目なんだ。」
アルスは静かに頷いた。
(素材には、それぞれ役割がある。)
前世でも、日本刀には木の柄や鞘が欠かせなかった。
鉄だけでは完成しない。
◇◇◇
バルトは机の上から二枚の板を持ってきた。
一枚は乾燥させた木。
もう一枚は乾燥が足りない木だった。
「触ってごらん。」
アルスは順番に触れる。
「……ちがう。」
「分かるか?」
「はい。」
乾いた木は軽く、さらりとしている。
もう一枚は少し重く、湿っている。
「木は生き物だ。」
バルトは優しく板を撫でた。
「切ったばかりでは使えない。」
「時間をかけて乾かす。」
「待つことも職人の仕事なんだ。」
その言葉は、アルスの胸に深く響いた。
(待つことも仕事……。)
焦らない。
急がない。
それは父やゴルンも何度も教えてくれたことだった。
◇◇◇
午後。
父カインが工房を訪れた。
「アルス。」
「今日は何を学んだ?」
アルスは嬉しそうに答える。
「木と鉄。」
「いっしょ。」
父は満足そうに微笑んだ。
「そうだ。」
「どちらが偉いということはない。」
「互いの良さを活かすことで、もっと良い物ができる。」
「それは物づくりだけではない。」
「人も同じだ。」
「人には、それぞれ得意なことがある。」
「それを認め合い、助け合うことが大切なんだ。」
アルスは静かに頷いた。
◇◇◇
帰り際。
バルトが小さな木片を削り始めた。
シャッ、シャッ。
あっという間に、小さな木の鳥が出来上がる。
「はい。」
「坊ちゃんにあげよう。」
「わあ!」
アルスは両手で受け取った。
丸みを帯びた可愛らしい小鳥だった。
「ありがとうございます!」
「飾っておくんだぞ。」
「はい!」
◇◇◇
夜。
部屋の机には、初めて叩いた銅板と、今日もらった木の小鳥が並んでいた。
アルスはそれを眺めながら、いつものように魔力操作を始める。
木。
鉄。
革。
どれも違う。
でも、力を合わせれば、一つの道具になる。
(人も同じなんだ。)
家族。
使用人。
職人。
領民。
誰か一人だけでは、豊かな暮らしは作れない。
みんなで支え合うからこそ、幸せな毎日が生まれる。
そのことを今日、改めて学ぶことができた。
木の小鳥をそっと手に取り、アルスは静かに微笑む。
(いつか俺も、たくさんの人と力を合わせて、この世界をもっと豊かにしよう。)
その小さな夢は、今日もまた一歩、未来へ近づいていくのだった。




