第34話 火属性の基礎
魔法の授業が始まって数日。
アルスは今日も家庭教師リーナと学習室で向かい合っていた。
机の上には『初級魔法学・基礎編』が開かれている。
「アルス様。」
「今日は火属性魔法について学びます。」
「はい。」
アルスは期待を胸に本へ視線を向けた。
◇◇◇
リーナは一枚の絵を指差す。
そこには赤い魔法陣と、小さな炎が描かれていた。
「火属性魔法は、もっとも基本的な属性魔法です。」
「料理。」
「暖炉。」
「鍛冶。」
「さまざまな場面で使われています。」
アルスは頷いた。
(やっぱり生活に密着した魔法なんだ。)
前世には魔法はなかった。
しかし火を扱う技術は、生活に欠かせないものだった。
この世界では、それを魔法が支えている。
◇◇◇
「火属性魔法で大切なのは。」
リーナは人差し指を立てた。
「大きな炎を出すことではありません。」
「必要な大きさの炎を作ることです。」
「例えば料理なら、小さな火。」
「鍛冶なら強い火。」
「用途によって使い分けます。」
アルスは思わず笑みを浮かべた。
(ゴルンさんが言っていたことと同じだ。)
火加減が大事。
魔法も鍛冶も、本質は変わらない。
◇◇◇
「では、実際にやってみましょう。」
リーナは庭へ出る。
訓練用の石台が用意されていた。
「まずは私がお手本を見せます。」
リーナは静かに魔力を集める。
「《ファイアー》」
ぽっと小さな炎が灯った。
手のひらほどの大きさ。
穏やかに揺れる炎だった。
「これが基礎魔法です。」
アルスは真剣に見つめる。
(綺麗な魔力の流れだ。)
◇◇◇
「アルス様も挑戦してみましょう。」
「はい。」
アルスは手を前へ出した。
(加減しよう。)
本来なら簡単に発動できる。
だが今日は初めてという設定だ。
少しだけ魔力を集める。
ゆっくり。
慎重に。
「《ファイアー》」
ぽっ。
小さな火種ほどの炎が現れた。
少し揺らぎながらも、しっかりと燃えている。
「素晴らしいです!」
リーナが嬉しそうに拍手した。
「初めてで成功しましたね。」
「はい。」
アルスは嬉しそうに笑う。
(このくらいなら自然かな。)
◇◇◇
その様子を偶然見かけた父カインが近付いてきた。
「おお。」
「もう火属性魔法を覚えたのか。」
「まだ小さな火ですが。」
リーナが微笑む。
「ですが魔力の乱れがほとんどありません。」
「落ち着いて制御できています。」
父は満足そうに頷いた。
「アルス。」
「大切なのは成功することではない。」
「安全に使えることだ。」
「はい、お父様。」
アルスはしっかり返事をした。
◇◇◇
午後。
鍛冶場ではゴルンが炉へ火を入れていた。
「坊ちゃん。」
「火属性魔法を覚えたって?」
「はい!」
「ほう。」
ゴルンは炉の炎を見つめる。
「火は便利だ。」
「でも一番怖いものでもある。」
「だから、いつも敬意を持て。」
「火を甘く見た職人は、大怪我をする。」
その言葉には重みがあった。
長年鍛冶師として生きてきた者だからこそ言える言葉だった。
「覚えておきます。」
◇◇◇
夕方。
アルスは図書室で火属性魔法について書かれた本を読んでいた。
火力。
温度。
魔力消費。
どれも興味深い内容ばかりだった。
(鍛冶にも応用できそうだ。)
たたら製鉄には高温を維持することが重要になる。
もし魔法を補助として使えれば、木炭だけより安定した炉を作れるかもしれない。
もちろん、まだ先の話だ。
今は知識を蓄える時期である。
◇◇◇
夜。
いつものように魔力操作を終えた後、アルスは今日の授業を思い返した。
火属性魔法は攻撃だけではない。
生活を支え。
鍛冶を支え。
人々を温める力でもある。
(魔法は、人のために使うもの。)
父の教え。
リーナ先生の授業。
ゴルンの経験。
そのすべてが一つにつながっていく。
アルスは静かに窓の外を見上げた。
満天の星空が、春の夜空に輝いている。
その光を眺めながら、小さく微笑む。
今日もまた、一歩成長できた。
焦らず。
少しずつ。
その積み重ねが、未来を変える力になると信じて。
アルスは静かに眠りにつくのだった。




