第33話 初めての魔法授業
三歳になって間もないある日。
朝食を終えたアルスは、いつものように家庭教師リーナの授業を受けるため、屋敷の学習室へ向かっていた。
部屋へ入ると、机の上には見慣れない本が置かれている。
深い青色の表紙には金色の文字で題名が記されていた。
『初級魔法学・基礎編』
「アルス様。」
リーナが優しく微笑む。
「今日から魔法についても少しずつ学びましょう。」
アルスは嬉しそうに頷いた。
「はい!」
(いよいよ始まるんだ。)
もちろん、アルスは生まれた日から魔力操作を続け、《ファイアー》や《ウォーター》を密かに扱える。
だが、それは誰にも知られてはいけない。
今日から始まるのは、「三歳のアルス」として学ぶ魔法の授業だった。
◇◇◇
リーナは本を開き、一枚の絵を見せた。
そこには人の体と、その周囲を流れる光が描かれている。
「魔法とは、体の中にある『魔力』を使って起こす力です。」
「誰でも魔力は持っています。」
「ですが、多い人もいれば少ない人もいます。」
アルスは真剣な表情で話を聞いていた。
「そして、一番大切なのは魔力量だけではありません。」
「魔力を正しく扱う技術――魔力操作です。」
アルスは心の中で驚く。
(やっぱり……。)
今まで毎晩続けてきた鍛錬は、間違っていなかった。
この世界でも、魔力操作こそが魔法の基本だった。
◇◇◇
「では、目を閉じてみましょう。」
リーナが優しく言う。
「自分の体の中を流れる温かいものを探してみてください。」
「はい。」
アルスは目を閉じる。
本当なら、魔力の流れは手に取るように分かる。
しかし、少し時間を置いてから目を開けた。
「……あった。」
「温かい。」
リーナは嬉しそうに微笑んだ。
「素晴らしいです。」
「初めてで感覚をつかめる子は多くありません。」
アルスは少し照れたように笑う。
◇◇◇
続いてリーナは小さな水晶玉を取り出した。
「これは魔力測定用ではありません。」
「魔力を流す練習用です。」
机の中央へ置く。
「少しだけ魔力を送ってみましょう。」
アルスは水晶へ手をかざした。
(ほんの少しだけ。)
普段の百分の一ほどの魔力を流す。
すると、水晶が淡く白く輝いた。
「まあ!」
リーナは驚いたように目を見開く。
「初めてとは思えないほど安定しています。」
「力みがありません。」
アルスは首を傾げる。
「そう?」
「ええ。」
「とても上手ですよ。」
(加減して正解だった。)
少しでも多く流せば、水晶はもっと強く輝いていただろう。
それでは目立ちすぎる。
◇◇◇
授業が終わる頃、父カインが部屋へやって来た。
「どうだった?」
リーナは笑顔で報告する。
「アルス様は魔力の扱いがとても丁寧です。」
「焦らず、落ち着いて魔力を流せています。」
父はアルスの頭を優しく撫でた。
「それは良かった。」
「魔法は急いで覚えるものではない。」
「基礎を大切にしなさい。」
「はい、お父様。」
アルスはしっかりと返事をした。
◇◇◇
午後。
鍛冶場を訪れると、ゴルンが炉の火を見ながら笑った。
「坊ちゃん。」
「今日は魔法の勉強だったらしいな。」
「はい。」
「鍛冶にも火は欠かせねぇ。」
「でもな。」
ゴルンは人差し指を立てる。
「火が強すぎても駄目。」
「弱すぎても駄目。」
「ちょうどいい火加減が一番難しい。」
アルスは頷いた。
(魔力も同じだ。)
多ければいいわけではない。
必要な分だけ、正確に使う。
鍛冶と魔法。
二つの世界は、不思議なほどよく似ていた。
◇◇◇
夜。
ベッドへ入り、いつものように魔力を巡らせる。
今日の授業を思い返す。
魔法学の本。
リーナ先生の説明。
水晶へ魔力を流す練習。
どれも新しい発見だった。
(知識として学ぶのは、やっぱり面白い。)
前世の経験だけでは分からない、この世界ならではの理論がある。
それを一つひとつ吸収していけば、もっと魔法を深く理解できるはずだ。
アルスは静かに微笑んだ。
魔法も、鍛冶も、剣術も。
すべての学びはつながっている。
その積み重ねが、いつか人々の暮らしを豊かにする力になる。
そう信じながら、アルスは穏やかな眠りについた。




