第29話 雪の日の贈り物
冬が深まり始めたある朝。
アルスが目を覚ますと、部屋の外がいつもより明るかった。
「……?」
カーテンの隙間から差し込む光に誘われ、窓へ近付く。
そして、小さな手でカーテンを開いた。
「わあ……!」
一面の銀世界。
庭も木々も屋根も、真っ白な雪に包まれていた。
アルスにとって、生まれて初めて見る雪景色だった。
◇◇◇
「アルス、起きてたの?」
母エリザが部屋へ入ってくる。
「お母様!」
「ゆき!」
窓の外を指差すアルスに、母は優しく微笑んだ。
「ええ。」
「今年初めての雪ですよ。」
「今日は暖かい服を着ましょうね。」
「うん!」
毛糸の上着と手袋を着せてもらい、アルスは嬉しそうにくるりと回った。
◇◇◇
朝食を終えると、家族みんなで庭へ出た。
「アルス!」
エルゼが雪を丸めながら笑う。
「見て見て!」
ころころと転がして大きな雪玉を作っている。
「お姉様、すごい!」
アレックスも負けじと雪玉を作り始めた。
「二つ作れば……。」
上下に重ねる。
「雪だるまだ!」
「すごーい!」
アルスも小さな雪玉を作ろうと挑戦する。
冷たい雪を両手で丸める。
ころころ。
ころころ。
少し歪だけれど、小さな雪玉が完成した。
「できた!」
「上手!」
エルゼが頭を撫でてくれる。
◇◇◇
しばらく遊んでいると、父カインが厚手の外套を羽織って現れた。
「そろそろ出掛けてくる。」
母が少し心配そうに尋ねる。
「領内の見回りですか?」
「ああ。」
「雪の日ほど、困っている領民がいないか確認しなければならない。」
アルスは父を見上げた。
「お仕事?」
「そうだ。」
父は優しく微笑む。
「雪は綺麗だ。」
「だが、生活する人にとっては大変な季節でもある。」
「薪は足りているか。」
「屋根は壊れていないか。」
「困っている人はいないか。」
「それを見に行くんだ。」
アルスは静かに頷いた。
◇◇◇
「アルスも一緒に来るか?」
父の問い掛けに、母は少し驚く。
「大丈夫でしょうか?」
「馬車で回るだけだ。」
「良い勉強になる。」
「お願いします。」
アルスは元気よく返事をした。
◇◇◇
馬車は雪道をゆっくり進む。
やがて一つの村へ到着した。
「伯爵様!」
村長が深々と頭を下げる。
「雪で困ったことはありませんか?」
父はすぐに本題へ入る。
「はい。」
「薪は十分あります。」
「ですが、一人暮らしのお年寄りの家が少し心配で……。」
「案内してくれ。」
父は迷うことなく歩き出した。
◇◇◇
小さな家を訪ねると、一人の老婦人が出迎えた。
「伯爵様……。」
「寒くはありませんか?」
「ええ。」
「皆さんが薪を分けてくださったので助かっています。」
父は家の中を確認し、屋根や暖炉も点検する。
「問題なさそうですね。」
「何か困ったことがあれば、遠慮なく村長へ伝えてください。」
「ありがとうございます。」
老婦人は何度も頭を下げた。
その様子を、アルスは静かに見つめていた。
(父さんは、本当に一人ひとりを大切にしている。)
◇◇◇
帰り道。
アルスは父へ尋ねた。
「お父様。」
「どうして、自分で来るの?」
父は少し驚いたように笑う。
「いい質問だ。」
「報告だけを聞くこともできる。」
「だが、自分の目で見ることには意味がある。」
「人の表情。」
「家の様子。」
「空気。」
「それは、実際に来なければ分からない。」
アルスはその言葉を胸へ刻んだ。
(現場を見る。)
前世でも、良い職人は自分の目で確かめていた。
領主も同じなのだ。
◇◇◇
屋敷へ戻ると、暖炉には温かな火が灯っていた。
エルゼが駆け寄ってくる。
「おかえり!」
「雪遊びできた?」
「うん!」
アルスは笑顔で頷いた。
「でも、お仕事も見た。」
父は嬉しそうにアルスを見つめる。
「今日は遊ぶことも、学ぶこともできたな。」
「はい!」
◇◇◇
夜。
ベッドへ入り、静かに魔力を巡らせる。
窓の外では雪が静かに降り続いていた。
今日見た老婦人の笑顔。
父の優しい言葉。
村人たちの安心した表情。
それらが頭に浮かぶ。
(領主って、偉い人じゃない。)
(人を守る人なんだ。)
その思いは、アルスの心へ深く刻まれた。
鍛冶師として。
貴族として。
いつか自分も、人々が安心して笑える暮らしを支えたい。
雪の降る静かな夜。
少年の小さな決意は、白い雪のように静かに積もっていくのだった。




