第28話 冬支度
秋の収穫祭が終わると、シュゲール伯爵領は少しずつ冬を迎える準備を始めた。
木々の葉は赤や黄色に色付き、朝晩の空気も日に日に冷たくなっていく。
屋敷でも、使用人たちが慌ただしく動き回っていた。
「薪を運んでください!」
「地下倉庫の保存食を確認します!」
「毛布も日干ししておきましょう!」
いつも以上に忙しい屋敷の様子を見て、アルスは不思議そうに首を傾げた。
◇◇◇
朝食の後、父カインがアルスを庭へ連れ出した。
「アルス。」
「今日は冬支度を見て回ろう。」
「ふゆじたく?」
「ああ。」
「寒い冬を無事に過ごすための準備だ。」
アルスは父と手をつなぎながら歩き始める。
◇◇◇
最初に向かったのは薪置き場だった。
私兵や使用人たちが斧で薪を割り、高く積み上げている。
コンッ! コンッ!
乾いた音が響く。
「お父様。」
「どうして、こんなにたくさん?」
父は積み上げられた薪を見上げながら答えた。
「冬になると暖炉を毎日使う。」
「料理にも火が必要だ。」
「だから秋のうちに十分な薪を用意しておくんだ。」
「なるほど。」
アルスは真剣な表情で頷く。
(前世でも、備蓄は大切だった。)
災害への備え。
非常食。
寒さ対策。
世界が違っても、備えることの大切さは変わらない。
◇◇◇
次に訪れたのは地下倉庫だった。
大きな樽がずらりと並んでいる。
「これは小麦。」
「こちらは干し肉。」
「塩漬けにした野菜だ。」
父が一つひとつ説明してくれる。
「冬は畑で野菜が育ちにくい。」
「だから保存できる食料を用意する。」
アルスは樽を見つめる。
(保存食か。)
前世でも干物や味噌、漬物など、保存の知恵はたくさんあった。
この世界でも同じように、人々は工夫しながら暮らしている。
◇◇◇
屋敷の裏庭では、ゴルンが斧の刃を研いでいた。
「坊ちゃん。」
「冬は鍛冶も忙しくなる。」
「どうして?」
「薪割り用の斧。」
「雪かき用の道具。」
「壊れた農具の修理。」
「冬になる前に仕事が増えるんだ。」
ゴルンは笑いながら砥石で刃を研ぐ。
シャッ、シャッ。
一定の音が心地よく響く。
「道具は手入れが命だ。」
「使いっぱなしじゃ長持ちしねぇ。」
アルスは深く頷いた。
(鍛冶師は作るだけじゃない。)
(直すことも大切なんだ。)
◇◇◇
午後。
庭では庭師たちが木々へ藁を巻いていた。
「寒さから守るためですよ。」
庭師が説明する。
「冬を越えれば、また春に元気な花を咲かせてくれます。」
アルスは木へ巻かれた藁を優しく触る。
植物も、人と同じ。
冬を越えるための準備が必要なのだ。
◇◇◇
夕方。
家族全員で暖炉の前へ集まる。
まだ火は入れていないが、寒さを感じる季節になっていた。
「アルス。」
母エリザが温かい毛布を掛けてくれる。
「風邪をひかないようにしましょうね。」
「うん。」
その様子を見たエルゼが笑顔で隣へ座る。
「寒くなったら一緒に本を読もうね。」
「ぼくも。」
アレックスも微笑んだ。
「冬は勉強するにはいい季節だから。」
アルスは嬉しそうに頷く。
(家族みんなで過ごす冬も楽しそうだ。)
◇◇◇
夜。
ベッドへ入り、いつものように魔力操作を始める。
今日見た薪。
保存食。
道具の手入れ。
すべてに共通していることがあった。
(備えること。)
困ってから動くのでは遅い。
困る前に準備する。
それが人々の暮らしを守る。
鍛冶もきっと同じだ。
良い道具を作れば、人々は安心して仕事ができる。
丈夫な農具があれば、豊かな収穫につながる。
(いつか、もっと丈夫で使いやすい道具を作ろう。)
そんな夢を胸に、アルスは静かに目を閉じた。
冬の訪れとともに、少年の心にもまた一つ、新たな学びが積み重なっていくのだった。




