第27話 秋の収穫祭
市場を訪れてから数日後。
シュゲール伯爵領では、一年で最も賑わう行事の日を迎えていた。
――秋の収穫祭。
今年も無事に実りを得られたことを神へ感謝し、領民全員で豊作を祝う伝統ある祭りである。
「アルス。」
朝食を終えた父カインが微笑んだ。
「今日は収穫祭へ行こう。」
「しゅうかくさい!」
アルスは目を輝かせる。
母エリザはアルスの服を整えながら優しく言った。
「今日はたくさんの人が集まります。」
「はぐれないように、お父様やお母様のそばにいてくださいね。」
「はい!」
元気よく返事をすると、エルゼが笑顔で駆け寄ってきた。
「今日は一緒にお祭りを回ろうね!」
「うん!」
アレックスも微笑みながら頷いた。
「僕も楽しみだ。」
◇◇◇
領都の広場へ着くと、そこは祭り一色だった。
色鮮やかな旗が風にはためき、広場には多くの屋台が並んでいる。
焼きたてのパン。
香ばしい串焼き。
甘い果実酒の香り。
子どもたちの笑い声。
音楽隊が奏でる陽気な演奏。
「すごい……。」
アルスは思わず呟いた。
市場とはまた違う活気がある。
誰もが笑顔だった。
◇◇◇
「伯爵様!」
領民たちが次々と頭を下げる。
「今年もありがとうございました!」
「皆さんのおかげで豊作でした!」
父カインは一人ひとりへ笑顔で応える。
「私ではない。」
「皆さんが努力した結果だ。」
「今年も本当にお疲れさまでした。」
その言葉に領民たちの表情がさらに明るくなる。
アルスはその様子を見つめていた。
(父さんは、いつも相手を大切にしている。)
だから領民たちも父を信頼しているのだ。
◇◇◇
「アルス!」
エルゼが手を引く。
「あれ見よう!」
広場の中央では、子どもたちが輪になって踊っていた。
楽しそうな音楽に合わせ、笑顔で手をつないでいる。
「アルスも入る?」
「うん!」
少し照れながら輪へ入る。
まだ上手には踊れない。
それでも周りの子どもたちは笑顔で手をつないでくれた。
「一緒!」
「うん!」
短い言葉だけれど、それだけで十分だった。
◇◇◇
昼になると、大きな長机へ料理が並べられた。
焼いた肉。
新鮮な野菜。
温かいスープ。
焼きたてのパン。
収穫したばかりの果物。
父が立ち上がる。
「今年も無事に収穫祭を迎えられた。」
「これは皆さん一人ひとりの努力の成果です。」
「神への感謝を忘れず、来年も力を合わせて良い領地を作っていきましょう。」
大きな拍手が広場へ響いた。
◇◇◇
食事の後。
一人の年配の農夫がアルスへ近付いてきた。
「坊ちゃん。」
「これをどうぞ。」
差し出されたのは真っ赤なリンゴだった。
「今年、一番出来が良かった実です。」
アルスは両手で受け取る。
「ありがとう!」
農夫は優しく笑う。
「坊ちゃんが元気に育ってくださることが、私たちの楽しみなんですよ。」
その言葉に、アルスの胸は温かくなった。
◇◇◇
帰り道。
夕日に染まる畑を馬車から眺める。
黄金色の麦畑。
実りを終えた果樹園。
笑顔で後片付けをする領民たち。
「お父様。」
アルスがぽつりと呟く。
「みんな、えがお。」
父は優しく頷いた。
「ああ。」
「豊かな暮らしとは、お金だけではない。」
「家族と笑い、安心して暮らせること。」
「それが本当の豊かさだ。」
アルスは静かにその言葉を胸へ刻んだ。
◇◇◇
夜。
ベッドへ入り、いつものように魔力操作を始める。
今日見た笑顔を思い返す。
農家。
商人。
職人。
子どもたち。
みんなが幸せそうだった。
(この笑顔を守りたい。)
そのために学ぼう。
鍛冶も。
魔法も。
知識も。
人々の暮らしを少しでも豊かにするために。
まだ二歳のアルスには、大きなことはできない。
それでも、一歩ずつ成長していけば、いつか必ず誰かの力になれる。
そう信じながら、アルスは静かに眠りにつくのだった。




