第25話 初めての市場
二歳になったアルスは、この日、父カインに連れられて初めて領都の市場を訪れることになった。
「アルス。」
「今日は領都の市場を見て回ろう。」
父が優しく声を掛ける。
「市場には領民の暮らしが集まっている。」
「たくさん勉強できるぞ。」
アルスは嬉しそうに頷いた。
「はい、お父様!」
母エリザはアルスの帽子を整えながら微笑む。
「お父様から離れてはいけませんよ。」
「はい。」
エルゼは少し羨ましそうに頬を膨らませた。
「いいなぁ。私もアルスと行きたかった。」
アレックスが苦笑する。
「姉さん、また今度一緒に行けばいいじゃないか。」
屋敷には穏やかな笑い声が響いた。
◇◇◇
馬車は石畳の道を進み、領都へ到着した。
城壁の中へ入ると、街は活気に満ちている。
「新鮮な野菜だよ!」
「焼きたてのパンはいかがですか!」
「今日は魚も入ってるよ!」
威勢のいい声が、あちこちから聞こえてくる。
アルスは目を輝かせながら周囲を見回した。
「すごい……。」
市場には人族だけでなく、獣人族やエルフ族、ドワーフ族の姿もあった。
それぞれが自分の得意分野を生かし、商売をしている。
◇◇◇
最初に立ち寄ったのは八百屋だった。
店先には採れたての野菜が色鮮やかに並んでいる。
「伯爵様!」
店主が深々と頭を下げた。
「いつもありがとうございます。」
父は笑顔で応じる。
「今年の野菜はどうですか?」
「天候にも恵まれて、出来は上々ですよ。」
店主は自慢げにニンジンを見せる。
アルスはそのニンジンをじっと見つめた。
(土が良いから、こんなに立派に育つんだ。)
土属性魔法の授業で学んだことが自然と結び付いていく。
◇◇◇
次に向かったのは鍛冶屋の露店だった。
農具や包丁、鍋、釘などが並べられている。
「坊ちゃん。」
店主が笑顔で声を掛ける。
「鉄は好きかい?」
「はい!」
「大好きです!」
元気な返事に、店主は豪快に笑った。
「将来は鍛冶師かな?」
父も笑顔になる。
「本人も鍛冶には興味があるようです。」
「それは楽しみだ!」
店主は小さな鉄釘を一本見せてくれた。
「この小さな釘一本でも、家を支える大事な仕事をしてるんだ。」
アルスは真剣な表情で頷いた。
(小さい物にも、大切な役割がある。)
◇◇◇
市場の奥では、ドワーフ族の職人が木箱へ鉄の金具を取り付けていた。
その隣では、エルフ族の女性が美しい布を織っている。
さらに、獣人族の商人が果物を並べていた。
父が静かに話す。
「アルス。」
「この市場は、一人では成り立たない。」
「農家が作物を育て。」
「職人が道具を作り。」
「商人が運ぶ。」
「それぞれが自分の役割を果たしているから、人々は安心して暮らせるんだ。」
「はい。」
アルスは大きく頷いた。
◇◇◇
歩き疲れた頃、父は屋台で果実ジュースを二つ買った。
「少し休もう。」
「ありがとうございます。」
一口飲むと、爽やかな甘さが口いっぱいに広がる。
「おいしい!」
父は笑いながら言う。
「市場には物を売るだけではなく、人と人が出会う場所という役割もある。」
周囲では、商人同士が笑いながら話し、子どもたちが元気よく走り回っている。
市場は、人々の笑顔であふれていた。
◇◇◇
帰り道。
馬車の中でアルスは今日見た景色を思い返していた。
農家。
鍛冶師。
木工職人。
商人。
誰一人として無駄な仕事をしている人はいなかった。
皆が誰かの暮らしを支えている。
「お父様。」
「どうした?」
「ぼくも。」
「みんなの役に立つ物を作りたい。」
父は優しく微笑み、アルスの頭を撫でた。
「きっとなれる。」
「そのためにも、たくさん学びなさい。」
「はい!」
◇◇◇
夜。
ベッドへ入ると、アルスはいつものように魔力操作を始める。
今日見た市場の光景が頭に浮かぶ。
鍛冶師が作る道具。
農家が育てる作物。
商人が運ぶ品々。
すべてがつながり、人々の暮らしを支えていた。
(鍛冶は剣を作るだけじゃない。)
(暮らしを支える仕事なんだ。)
前世で学んだ日本刀鍛冶の技術も、きっと人々の役に立てる。
農具をもっと丈夫に。
包丁をもっと切れ味良く。
生活をもっと便利に。
そんな未来を思い描きながら、アルスは静かに眠りにつくのだった。




