第24話 屋敷の工房
アルスが二歳になって半年ほどが過ぎた。
鍛冶場へ通うことは、今ではすっかり日常になっている。
ゴルンの槌音を聞き、鉄が形を変えていく様子を眺める時間は、アルスにとって何よりも楽しいひとときだった。
その日も鍛冶場を訪れると、ゴルンが手を振った。
「坊ちゃん、今日はちょうどいい。」
「ちょうどいい?」
「隣の工房へ行ってみるか。」
アルスは首を傾げる。
「こうぼう?」
「鍛冶だけじゃ、道具は完成しねぇんだ。」
「今日はそれを教えてやる。」
◇◇◇
鍛冶場の隣にある建物へ入ると、木の良い香りが広がっていた。
ギコッ、ギコッ。
のこぎりで木を切る音。
シュッシュッ。
鉋をかける音。
鍛冶場とは違う、穏やかな音が工房いっぱいに響いている。
「いらっしゃい。」
一人の初老の職人が笑顔で迎えてくれた。
「坊ちゃんだね。」
「俺は木工職人のバルトだ。」
「ばると!」
アルスが名前を呼ぶと、バルトは目を細めた。
「ちゃんと覚えてくれたか。」
「嬉しいねぇ。」
◇◇◇
バルトは作業台の上に置かれた椅子を指差した。
「これは今作っている椅子だ。」
「脚を四本作って。」
「座る板を作って。」
「最後に組み立てる。」
アルスは真剣な表情で見つめる。
一本一本の脚が同じ長さに削られていた。
(すごい。)
少しでも長さが違えば、椅子はぐらついてしまう。
前世でも、道具作りには精密さが必要だった。
「寸法が大事なんだ。」
バルトは木の定規を見せる。
「ほんの少しのズレでも、良い家具にはならない。」
その言葉にアルスは頷いた。
(鍛冶も同じだ。)
ほんの少しの違いが、仕上がりを大きく左右する。
◇◇◇
そこへゴルンが一本の鉄の蝶番を持ってやって来た。
「ほら。」
「これを使う。」
バルトは木箱の蓋へ蝶番を取り付ける。
金具と木がぴったり合わさる。
「おぉ。」
アルスは思わず声を漏らした。
「分かったか?」
ゴルンが笑う。
「俺が作る鉄だけじゃ駄目なんだ。」
「木工職人がいて。」
「革職人がいて。」
「いろんな職人が力を合わせて、一つの物ができる。」
アルスは目を輝かせた。
(そうか。)
(物づくりって、一人じゃできないんだ。)
◇◇◇
バルトは棚から木製のおもちゃを取り出した。
小さな木馬だった。
「坊ちゃん。」
「触ってごらん。」
アルスはそっと手に取る。
表面は驚くほど滑らかだった。
「すべすべ。」
「そうだろう?」
バルトは嬉しそうに笑う。
「最後は紙やすりで何度も磨くんだ。」
「子どもが触ってもケガをしないようにな。」
アルスは木馬を見つめる。
(使う人のことを考えて作ってる。)
それは父が言っていた「人の役に立つ仕事」と同じだった。
◇◇◇
工房を出ると、父カインが迎えに来ていた。
「どうだった?」
アルスは元気よく答える。
「すごかった!」
「きも。」
「てつ。」
「いっしょ!」
言葉はまだ拙い。
それでも父には十分伝わった。
「そうだ。」
「一人ではできないことも、力を合わせればできる。」
「それは職人も、領地も同じだ。」
父はアルスの頭を優しく撫でた。
「互いを尊重し、助け合うこと。」
「それが人として一番大切なんだ。」
「うん!」
◇◇◇
夜。
ベッドへ入り、魔力操作をしながら今日の出来事を思い返す。
鍛冶師。
木工職人。
どちらも自分の技術に誇りを持っていた。
そして、お互いを信頼して仕事をしている。
(将来、たたら製鉄を始めても。)
(俺一人じゃできない。)
炭を作る人。
粘土を運ぶ人。
炉を築く人。
鉄を鍛える人。
多くの人が協力して初めて、本当の物づくりができる。
アルスは静かに微笑んだ。
前世で学んだ知識。
今世で出会う仲間たち。
その両方がそろってこそ、世界を変える技術は生まれる。
そう信じながら、アルスは穏やかな眠りについた。




