第20話 初めての薬草採集
アルスが二歳を迎えてから、しばらく経ったある日。
朝食の席で、父カインが穏やかな表情で口を開いた。
「アルス。」
「今日は屋敷の近くの森へ行ってみるか。」
アルスは目を輝かせる。
「もり!」
「ああ。」
「薬草がたくさん生えている場所だ。」
「危険な場所ではない。」
「私兵も同行するから安心だ。」
母エリザは少し心配そうだったが、父の言葉に頷いた。
「無理だけはしないでくださいね。」
「もちろんだ。」
◇◇◇
一時間後。
アルスは専属メイドと私兵二名に付き添われ、屋敷からほど近い森へやって来た。
木漏れ日が地面を照らし、小鳥たちが枝の上でさえずっている。
「空気がおいしいですね。」
専属メイドが微笑む。
アルスも大きく息を吸った。
(森の匂いだ。)
土の香り。
草の香り。
木々の香り。
前世で山へ入った時を思い出す。
◇◇◇
「アルス様。」
私兵の一人がしゃがみ込み、小さな草を指差した。
「これが薬草です。」
「葉が三枚に分かれているのが特徴ですよ。」
アルスは真剣な表情で覗き込む。
(《鑑定》)
心の中で静かに発動する。
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回復薬草
品質:良
効果:軽傷の治療薬の材料
採取適期:現在
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(やっぱりこれが薬草か。)
《鑑定》のおかげで間違いなく判別できる。
しかし、それを悟られてはいけない。
アルスは葉の形をじっくり観察した。
(見た目でも覚えておこう。)
いつか《鑑定》に頼らなくても見分けられるようになるために。
◇◇◇
「坊ちゃん。」
私兵は別の草を見せる。
「こちらは似ていますが違います。」
「薬にはなりません。」
アルスは二つを見比べる。
確かによく似ている。
だが葉の縁が少し違う。
(なるほど。)
《鑑定》だけに頼らず、自分の目でも特徴を覚えていく。
それが本当の知識になる。
◇◇◇
しばらく歩くと、小さな花が咲いていた。
青く可愛らしい花だ。
「きれい。」
アルスが呟く。
専属メイドが微笑んだ。
「これは青鈴花です。」
「観賞用として人気があります。」
アルスはそっと花へ触れる。
柔らかな花びらが風に揺れた。
(この世界には、本当にいろいろな植物がある。)
もっと知りたい。
もっと覚えたい。
そんな気持ちが自然と湧いてくる。
◇◇◇
「アルス様。」
私兵が籠を見せる。
「今日は三本だけ採ってみましょう。」
「はい。」
アルスは慎重に薬草を摘み取る。
根まで抜かない。
葉を傷付けない。
リーナ先生から学んだ通り、丁寧に。
「上手です。」
私兵が笑顔で頷く。
「初めてとは思えません。」
アルスは照れくさそうに笑った。
(前世でも山菜採りくらいはしたことがあるからね。)
◇◇◇
帰り道。
小川のほとりを歩いていると、アルスは足を止めた。
水辺には黒い砂が溜まっている。
(砂鉄……。)
思わず目が向く。
もちろん今は採らない。
まだ二歳。
そんなことを始めれば不自然だ。
それでも、その場所だけはしっかりと覚えた。
(いつか必ず来よう。)
その時は、自分の手で砂鉄を集めよう。
たたら製鉄を始める、その日のために。
◇◇◇
屋敷へ戻ると、父カインが迎えてくれた。
「どうだった?」
「たのしかった!」
アルスは籠を見せる。
「くすり。」
「採れたか。」
父は嬉しそうに頷いた。
「植物を知ることも大切な勉強だ。」
「薬草一つで人の命が救われることもある。」
「うん。」
その言葉を、アルスはしっかりと胸へ刻んだ。
◇◇◇
夜。
今日も魔力操作を続けながら、一日を振り返る。
薬草。
花。
森。
そして小川の砂鉄。
すべてが未来へ繋がる知識だった。
(鍛冶だけじゃない。)
(薬草も覚えよう。)
(植物も覚えよう。)
知識が増えれば、それだけ人を助ける方法も増える。
世界を変えるとは、大きな発明だけではない。
一つの薬草を知ることも、その第一歩なのだ。
アルスは静かに微笑み、明日もまた学び続けることを心に誓いながら、穏やかな眠りについた。




