第19話 図書室の宝物
シュゲール伯爵家の屋敷には、父カインの書斎とは別に、大きな図書室があった。
代々の当主たちが集めてきた本が並び、その数は数千冊にも及ぶ。
歴史書、地理書、魔法書、植物図鑑、動物図鑑、鉱石図鑑、さらには各地の旅行記まで収められている。
アルスは、その部屋が大好きだった。
◇◇◇
「アルス様。」
家庭教師リーナが図書室の扉を開ける。
「今日は好きな本を選んでみましょう。」
「うん!」
アルスは嬉しそうに歩き出した。
本棚を見上げる。
まだ背は低く、高い棚には手が届かない。
その代わり、子ども向けの本が並ぶ低い棚へ向かった。
(前より文字が読めるようになってきた。)
全部ではない。
それでも、一年前とは比べものにならない。
毎日の積み重ねが、少しずつ実を結んでいた。
◇◇◇
最初に手に取ったのは『セレンの植物図鑑』だった。
ページを開く。
「これは薬草ですね。」
リーナ先生が優しく説明する。
「傷薬の材料になります。」
アルスは真剣な表情で絵を見つめる。
(葉の形まで細かく描いてある。)
前世でも植物図鑑を見たことはある。
だが、この世界には知らない植物ばかりだった。
ページをめくる。
赤い実。
青い花。
大きな木。
どれも美しく描かれている。
(いつか実物も見てみたい。)
◇◇◇
次に手に取ったのは『セレンの鉱石図鑑』。
思わず目が輝く。
「やっぱり鉱石がお好きなんですね。」
リーナ先生が笑う。
アルスは頷いた。
「てつ。」
「みすりる。」
「すごいですね。」
「名前も覚えているんですか。」
ページには、鉄鉱石やミスリル、魔鉄などの絵と特徴が書かれていた。
しかし――。
(やっぱり砂鉄はほとんど載ってない。)
ほんの数行だけ。
『品質の低い鉄の材料』としか書かれていない。
(いつか、この本を書き換えるくらいの発見をしてみせる。)
心の中で小さく誓う。
◇◇◇
昼過ぎ。
父カインが図書室を訪れた。
「アルス。」
「今日は何を読んでいるんだ?」
「ほん!」
アルスは鉱石図鑑を持ち上げる。
「鉱石か。」
父は微笑む。
「鍛冶場へ通うようになってから、本当に好きになったな。」
「うん!」
「好きなことを学ぶのは、とても良いことだ。」
父は本棚を見渡した。
「知識は誰にも奪われない財産だ。」
「剣は折れる。」
「鎧は壊れる。」
「だが、学んだ知識は一生お前を支えてくれる。」
アルスは静かに頷いた。
その言葉は、前世でも何度か耳にしたことがある。
だからこそ、深く心に響いた。
◇◇◇
午後になると、兄アレックスが図書室へやって来た。
「アルス。」
「僕も本を読もうと思って。」
アレックスは歴史書を手に取る。
「将来は領主になるからね。」
「国の歴史を知らないと。」
アルスは兄を見つめる。
(兄さんも努力してるんだ。)
次期伯爵だからといって、何もしなくてもいいわけではない。
毎日勉強し、剣術を学び、魔法を磨いている。
その姿は、アルスにとって良い目標だった。
◇◇◇
「アルス!」
今度はエルゼが飛び込んできた。
「また本読んでる!」
「えらいね!」
そう言いながら、絵本を一冊持ってくる。
「今日は私が読んであげる!」
エルゼは椅子へ座り、ゆっくりと絵本を読み始めた。
少しつかえるところもある。
それでも、一生懸命読もうとしている姿が微笑ましい。
「おしまい!」
「ありがとう。」
アルスが笑顔で言うと、エルゼは照れながら笑った。
「えへへ。」
「また読んであげるね。」
◇◇◇
夜。
ベッドへ入り、魔力を循環させながら今日一日を思い返す。
植物。
鉱石。
歴史。
どれも知らないことばかりだった。
それでも、不思議と苦にはならない。
むしろ楽しかった。
(学ぶって、面白い。)
前世では病気で思うように勉強できない時期もあった。
だからこそ、今こうして自由に学べる時間が何よりも嬉しい。
知識は未来を切り開く力になる。
その力を、人々の幸せのために使いたい。
そんな思いを胸に、アルスは静かに目を閉じた。
図書室に眠る数え切れない本。
それらはアルスにとって、未来への扉を開く宝物となっていくのだった。




