第17話 はじめてのお手伝い
領地の村を訪れてから数日。
アルスの頭から、村人たちの姿は離れなかった。
井戸から重い水桶を運ぶ女性。
畑で汗を流す農夫。
家畜の世話をする子どもたち。
誰もが当たり前のように働き、家族のために毎日を生きていた。
(みんな、自分にできることを頑張っていた。)
(だったら、俺も……。)
まだ二歳。
できることは少ない。
それでも、何もしないよりはずっといい。
そんな思いが芽生え始めていた。
◇◇◇
朝。
食堂では使用人たちが忙しく朝食の準備をしていた。
「パンをお願いします。」
「スープはこちらです。」
配膳係のメイドたちが慌ただしく動き回っている。
その様子を見ていたアルスは、小さな手でテーブルの上に置かれたスプーンへ手を伸ばした。
(これくらいなら運べる。)
両手でしっかり持ち、一歩ずつ歩く。
とて、とて、とて。
「アルス様?」
専属メイドが気付く。
アルスは食卓まで歩き、そっとスプーンを置いた。
「おてつだい。」
その一言に、食堂が静かになった。
次の瞬間。
「まあ……。」
年配のメイドが思わず目元を押さえる。
「アルス様……。」
「お手伝いしてくださったんですね。」
アルスは照れくさそうに笑った。
◇◇◇
朝食が始まる。
「アルス。」
父カインが優しく微笑んだ。
「さっきの話を聞いた。」
アルスは少し恥ずかしそうに俯く。
「お手伝いをしたかったのか?」
「うん。」
「みんな、いそがしい。」
その答えに、父は静かに頷いた。
「その気持ちは、とても大切だ。」
「ありがとう。」
そして続ける。
「でも、お手伝いをする時は、自分にできることをするんだ。」
「無理をして怪我をしてしまったら、みんなが心配する。」
「だから少しずつ。」
「できることを増やしていけばいい。」
「うん!」
アルスは元気よく返事をした。
◇◇◇
食後。
エルゼがやって来た。
「アルス、お手伝いしたんだって?」
「うん。」
「えらい!」
ぎゅっと抱きしめられる。
「お姉ちゃんも一緒にお手伝いする!」
そこへアレックスもやって来る。
「姉さん、それじゃアルスより姉さんが張り切ってるだけだよ。」
「そうかな?」
「そうだよ。」
二人のやり取りに、アルスも思わず笑ってしまう。
◇◇◇
午後。
庭へ出ると、庭師の二人が花壇の手入れをしていた。
「こんにちは。」
アルスが挨拶すると、庭師たちは笑顔で頭を下げる。
「こんにちは、アルス様。」
一人が小さなじょうろを差し出した。
「少しだけ、お花に水をあげてみますか?」
専属メイドが頷く。
「危なくないようにお願いします。」
アルスは小さなじょうろを両手で持ち、ゆっくりと花壇へ水を注ぐ。
ちょろちょろと水が流れ、土へ染み込んでいく。
「上手ですよ。」
庭師が優しく笑う。
「花も喜んでいます。」
アルスは嬉しそうに花を見つめた。
(植物も、人と同じなんだな。)
水がなければ育たない。
世話をする人がいるから、美しい花を咲かせる。
◇◇◇
夕方。
父は執務室でライムと話していた。
「旦那様。」
「今日のアルス様は庭師のお手伝いまでされたそうです。」
ライムが微笑む。
「そうか。」
父も穏やかに笑った。
「人を思いやる心は、貴族に最も必要な資質だ。」
「まだ二歳だというのに、その気持ちを持てるのは嬉しいことだ。」
ライムも深く頷いた。
「きっと立派なお方になられるでしょう。」
◇◇◇
夜。
ベッドへ入り、いつものように魔力を巡らせる。
今日も一日、たくさんのことを学んだ。
お手伝いは、誰かの役に立つこと。
花に水をあげることも。
食卓へスプーンを運ぶことも。
小さなことだけれど、誰かを笑顔にできる。
(技術も同じだ。)
鍛冶も。
魔法も。
いつか作る道具も。
すべては人々の暮らしを少しでも良くするために使いたい。
その思いを胸に、アルスは静かに目を閉じた。
小さなお手伝いから始まった優しさは、やがて領地を、王国を、そして世界を変えていく大きな力へと育っていくのだった。




