第14話 小さな約束
アルスが鍛冶場へ通うようになってから、一か月ほどが過ぎた。
週に数回ではあるが、専属メイドに連れられて鍛冶場を訪れることが、すっかり日課になっていた。
今日もまた、軽快な槌音が屋敷の裏手に響いている。
カン、カン、カン――。
「おっ、坊ちゃん!」
ゴルンが笑顔で手を振る。
「今日も来たか!」
「うん!」
アルスも嬉しそうに駆け寄る。
もちろん、炉の近くへは行かない。
危険な場所だということは、前世の経験からよく分かっていた。
「偉いぞ。」
ゴルンは満足そうに頷いた。
「ちゃんと危ない場所へ近付かねぇ。」
「これなら安心して見せられる。」
◇◇◇
今日、ゴルンが作っていたのは一本の剣だった。
真っ赤に熱した鉄を取り出し、何度も槌で叩いて形を整えていく。
火花が散る。
鉄の色が少しずつ変わっていく。
アルスは食い入るようにその工程を見つめていた。
(この世界の鍛冶は、一枚の鉄をそのまま加工する方法が主流なんだ。)
前世の日本刀とは違う。
日本刀は玉鋼を選別し、折り返し鍛錬を行い、不純物を取り除きながら鍛え上げる。
対して、この世界では鉄鉱石から精錬した鉄を、そのまま鍛えて武器を作るのが一般的らしい。
(だから丈夫だけど、まだ改良の余地がある。)
そんなことを考えながら、ゴルンの手元を目で追う。
◇◇◇
「坊ちゃん。」
作業を終えたゴルンが声を掛けた。
「鍛冶ってのはな。」
「毎日同じことの繰り返しなんだ。」
アルスは首を傾げる。
「おんなじ?」
「ああ。」
「火を起こして。」
「鉄を熱して。」
「叩いて。」
「冷まして。」
「また叩く。」
「地味だろ?」
アルスは小さく首を横に振った。
「ちがう。」
ゴルンは目を丸くする。
「ほう?」
アルスは幼い言葉を探しながら、一生懸命伝えた。
「だいじ。」
その一言に、ゴルンは思わず笑みをこぼした。
「そうか。」
「坊ちゃんは分かってるな。」
「その通りだ。」
「鍛冶に近道はねぇ。」
「毎日の積み重ねが、一番大事なんだ。」
その言葉は、アルスの胸に深く刻まれた。
魔力操作も。
文字の勉強も。
すべて同じだった。
毎日の積み重ねが、自分を強くする。
◇◇◇
その日の帰り際。
ゴルンは倉庫の隅から、小さな木槌を持ってきた。
もちろん鉄を打つためのものではない。
子どもでも持てるように作られた、おもちゃの木槌だった。
「坊ちゃん。」
「これはまだ本物じゃねぇ。」
「遊ぶための木槌だ。」
アルスは両手で受け取る。
「ありがとう。」
ぎこちない言葉だったが、気持ちは十分伝わった。
「はっはっは!」
ゴルンは豪快に笑う。
「大事に使えよ。」
◇◇◇
そこへ父カインが姿を見せた。
「ゴルン。」
「旦那様。」
「アルスは今日も楽しそうだったな。」
「ええ。」
ゴルンは頷く。
「坊ちゃんは、本当に鍛冶が好きなんでしょう。」
「鉄を見つめる目が違います。」
父はアルスの頭を優しく撫でた。
「アルス。」
「鍛冶は人を助ける仕事だ。」
「剣だけじゃない。」
「農具も。」
「大工道具も。」
「暮らしに必要なものを作る。」
「だから、人の役に立つ仕事なんだ。」
その言葉に、アルスは静かに頷いた。
前世でも、鍛冶師は人のために刃物や道具を作っていた。
世界が違っても、その本質は変わらない。
◇◇◇
するとゴルンが腕を組みながら笑った。
「坊ちゃん。」
「約束してやる。」
アルスは顔を上げる。
「十歳になったら。」
「本物の鍛冶を教えてやる。」
「炉の使い方も。」
「槌の振り方も。」
「全部だ。」
アルスの瞳が大きく輝いた。
「ほんと?」
「ああ。」
「約束だ。」
ゴルンは大きな手を差し出す。
アルスは小さな手をその手に重ねた。
大人と子どもの手。
大きさはまるで違う。
それでも、その約束は何よりも重かった。
◇◇◇
その夜。
ベッドの中で木槌を抱きしめながら、アルスは静かに微笑んだ。
(十歳。)
まだ遠い未来だ。
それでも、その日が来るのが待ち遠しい。
それまでに、もっと勉強しよう。
もっと魔法を磨こう。
もっとこの世界を知ろう。
そして、その時には。
前世で学びきれなかった鍛冶の技術と、この世界の技術を融合させた、新しい鍛冶を始めよう。
木槌を胸に抱きながら、アルスは未来への期待を胸いっぱいに膨らませるのだった。




