第12話 初めての鍛冶見学
それから数日後――。
「アルス様、今日は鍛冶場へ行く日ですよ。」
専属メイドが優しく声を掛ける。
「いく!」
元気よく返事をすると、専属メイドは思わず笑みを浮かべた。
「本当に鍛冶場がお好きなんですね。」
アルスは満面の笑みで頷く。
その様子を見ていた母エリザも微笑んだ。
「危ないことはしないようにね。」
「ゴルンさんのお話をちゃんと聞くのですよ。」
「うん!」
まだ幼い発音ではあったが、その返事はしっかりとしていた。
◇◇◇
鍛冶場へ着くと、いつものように金属を打つ音が響いていた。
カン! カン! カン!
「おっ、坊ちゃん!」
ゴルンが大きく手を振る。
「待ってたぞ!」
「ごるん!」
「はっはっは!」
嬉しそうに笑うゴルンは、手を洗ってからアルスの前へしゃがみ込んだ。
「今日は鉄の勉強だ。」
そう言って木箱を持ってくる。
中には何種類もの鉱石が並んでいた。
◇◇◇
「まずはこれだ。」
ゴルンが赤茶色の鉱石を持ち上げる。
「鉄鉱石。」
「剣や鎧の元になる、一番よく使う鉱石だ。」
アルスは興味深そうに見つめる。
(なるほど。)
前世で見た鉄鉱石と大きな違いはない。
「次はこれ。」
黒っぽい粒を見せる。
「砂鉄だ。」
「川や山で採れる。」
「鉄鉱石ほど質は良くねぇから、あまり使われねぇ。」
(やっぱり……。)
アルスの予想通りだった。
この世界でも砂鉄は価値が低い。
誰も本当の価値を知らない。
(たたら製鉄が普及していない証拠だ。)
心の中で静かに頷く。
◇◇◇
「坊ちゃん。」
「違いが分かるか?」
ゴルンが二つの鉱石を並べる。
アルスは少し考えるふりをしてから指を差した。
「くろ!」
「おぉ!」
ゴルンが笑う。
「ちゃんと見分けられたな!」
「すごいぞ!」
もちろん色の違いくらいは一歳児でも分かる。
それでもゴルンは大げさなくらい褒めてくれた。
子どものやる気を育てるのが上手なのだろう。
◇◇◇
続いてゴルンは、銀色に輝く小さな鉱石を取り出した。
「これはミスリル。」
「魔力をよく通す、とても珍しい鉱石だ。」
その隣には黒紫色の鉱石。
「こっちは魔鉄。」
「魔道具なんかによく使われる。」
さらに金色に輝く鉱石。
「オリハルコン。」
「伝説級の鉱石だ。」
最後に重厚な灰色の鉱石を持ち上げた。
「アダマンタイト。」
「世界一硬いと言われる鉱石だ。」
アルスは一つ一つを目に焼き付けていく。
(実物を見るだけでも勉強になる。)
前世には存在しなかった金属。
どんな性質を持っているのか、いつか詳しく調べてみたい。
◇◇◇
「アルス様。」
専属メイドが小さく声を掛ける。
「そろそろお昼ですよ。」
「あ……。」
少し名残惜しい。
その様子を見たゴルンは笑った。
「また来ればいい。」
「鍛冶は逃げねぇ。」
「坊ちゃんが大きくなるまで、俺も腕を磨いて待ってる。」
「うん!」
アルスは満面の笑みで返事をした。
◇◇◇
昼食後。
父カインの執務室を訪れると、父は仕事の手を止めて尋ねた。
「今日は何を見てきた?」
「てつ!」
アルスは元気よく答える。
「鉄か。」
父は嬉しそうに微笑んだ。
「ゴルンから色々教わったのだな。」
アルスは何度も頷く。
「興味を持つことは素晴らしい。」
「だが、鍛冶は危険も多い。」
「もう少し大きくなってから、少しずつ始めよう。」
(はい。)
心の中で返事をする。
焦る必要はない。
今は知識を蓄える時だ。
◇◇◇
夜。
いつものように魔力操作を続けながら、今日見た鉱石を思い返す。
鉄鉱石。
砂鉄。
ミスリル。
魔鉄。
オリハルコン。
アダマンタイト。
そして――。
(砂鉄。)
あれこそが、世界を変える第一歩になる。
誰も見向きもしない黒い砂。
しかし、その中には最高品質の鋼を生み出す可能性が眠っている。
前世で学んだたたら製鉄。
いつか必ず、この世界で再現してみせる。
その決意を胸に、アルスは静かに目を閉じた。
まだ一歳の小さな少年だったが、その瞳はすでに未来を見据えていた。




