第11話 屋敷の鍛冶場
アルスが一歳八か月になった頃。
少しずつ言葉を話せるようになり、屋敷の中を歩き回ることも増えていた。
「アルス様、あまり遠くへ行ってはいけませんよ。」
専属メイドが優しく後ろを歩く。
「はーい」
まだ幼い声ではあるが、簡単な返事ならできるようになってきた。
(今日は、あそこへ行ってみよう。)
以前から気になっていた場所。
屋敷の裏手から響いてくる――。
カン、カン、カン!
金属を打つ心地よい音。
前世では何度も聞いた、大好きな音だった。
◇◇◇
「おぉ……。」
小さな建物の中では、一人のドワーフ族の職人が真っ赤に熱した鉄を叩いていた。
炉の中では炎が勢いよく燃え、ふいごが規則正しく風を送り込んでいる。
鉄を取り出し、
叩き、
また炉へ戻す。
無駄のない動き。
(懐かしい……。)
前世で見習いとして見続けてきた鍛冶場の風景。
思わず胸が熱くなる。
「ん?」
ドワーフの職人がこちらへ振り向いた。
「坊ちゃんじゃねぇか。」
大きな髭を揺らしながら笑う。
「危ないから、中へ入る時はちゃんと言うんだぞ。」
「うん。」
俺は素直に頷いた。
◇◇◇
専属メイドが軽く頭を下げる。
「申し訳ありません。」
「アルス様が音に興味を持たれまして。」
「気にするな。」
ドワーフは豪快に笑った。
「子どもが鍛冶に興味を持つなんて珍しい。」
「俺はゴルン。」
「この屋敷で鍛冶を任されてる。」
「ごるん。」
俺が名前を繰り返すと、ゴルンは目を細めた。
「おぉ、名前を覚えてくれたか。」
「嬉しいもんだ。」
◇◇◇
「坊ちゃん。」
「鍛冶ってのはな。」
ゴルンは炉の火を見つめながら話し始めた。
「鉄を叩くだけじゃねぇ。」
「火を読む。」
「鉄を読む。」
「音を聞く。」
「全部できて、ようやく一人前だ。」
(その通りだ。)
前世の師匠も同じことを言っていた。
鉄は生き物だ。
熱しすぎても駄目。
冷えすぎても駄目。
色を見て。
音を聞いて。
感触を確かめる。
そうして一本の刃が生まれる。
「坊ちゃんにはまだ早いが。」
「もう少し大きくなったら、一緒にやってみるか?」
「!」
思わず目が輝く。
「うん!」
元気よく返事をすると、ゴルンは豪快に笑った。
「はっはっは!」
「いい返事だ!」
◇◇◇
その頃。
「アルスはここか。」
父カインが鍛冶場へやって来た。
「旦那様。」
ゴルンが一礼する。
「坊ちゃんは鍛冶場をじっと見ておりました。」
「怖がるどころか、興味津々で。」
父は少し驚いたように俺を見る。
「そうか。」
「鍛冶が好きなのか?」
俺は何度も頷いた。
「ふふ。」
父は優しく笑う。
「無理はさせられないが、興味を持つのはいいことだ。」
「ゴルン。」
「はい。」
「危険のない範囲で、時々見学させてもらえるだろうか。」
「もちろんですとも。」
「坊ちゃんが来るなら大歓迎ですよ。」
◇◇◇
屋敷へ戻る途中。
父は俺を抱き上げながら話しかける。
「アルス。」
「何かを好きになることは素晴らしい。」
「好きだから学ぶ。」
「好きだから努力できる。」
「その気持ちを大切にしなさい。」
その言葉は、一歳の子どもへ話すには少し難しかったかもしれない。
それでも、父は真剣だった。
(ありがとうございます。)
心の中でそう答える。
前世でも、好きだから鍛冶を続けられた。
今世でも、その想いは変わらない。
◇◇◇
夜。
ベッドへ入ると、今日見た炉の炎を思い出す。
真っ赤に熱せられた鉄。
金槌の音。
飛び散る火花。
どれも胸を高鳴らせる光景だった。
(早く鍛冶がしたい。)
だが焦らない。
身体はまだ幼い。
今は学び、見て、覚える時期だ。
魔力操作を続けながら、前世の知識を一つずつ思い返す。
たたら製鉄。
玉鋼。
焼き入れ。
焼き戻し。
すべては、いつかこの世界で実現するために。
その日を夢見ながら、アルスは静かに眠りについた。




