第10話 初めての魔力測定
アルスが一歳半を迎えた頃。
シュゲール伯爵家では、ある慣習が行われようとしていた。
――子どもの魔力測定。
貴族の子どもは幼い頃に一度、魔力量と魔法の適性を調べるのが一般的である。
もちろん、この年齢で魔法を使えるわけではない。
将来の教育方針を決めるための目安に過ぎなかった。
◇◇◇
「アルスも、そろそろ測定してみよう。」
父カインの一言で、家族が応接室へ集まった。
テーブルの上には、透明な水晶玉が置かれている。
直径二十センチほどの美しい水晶だ。
「これは魔力測定水晶です。」
家庭教師リーナが説明する。
「魔力を流し込むことで、おおよその魔力量を測ることができます。」
エルゼが興味津々で覗き込む。
「私も昔やった!」
「少し光っただけだったけどね。」
アレックスが笑う。
「姉さん、それでも十分すごいって先生が言ってたじゃないか。」
「えへへ。」
二人のやり取りに、部屋の空気が和らぐ。
◇◇◇
(魔力測定か……。)
俺は少しだけ緊張していた。
生まれてから毎日欠かさず続けてきた魔力操作。
その成果がどれほどなのか、自分でも分からない。
(全部流したらまずいかもしれない。)
もし異常な結果が出れば、目立ってしまう。
俺が望むのは、静かに成長することだ。
だから――。
(少しだけ流そう。)
そう決めた。
◇◇◇
「アルス。」
父が優しく抱き上げ、水晶へ手を添えさせる。
「怖がらなくていい。」
「あぅ。」
俺は小さく返事をする。
そして、水晶へほんのわずかだけ魔力を流した。
ふわっ。
透明だった水晶が淡い青白い光を放つ。
「おお……。」
リーナ先生が目を丸くした。
「一歳半で、この反応ですか。」
父も驚いたように水晶を見つめる。
「かなり魔力があるようだな。」
母エリザは嬉しそうに微笑む。
「あなたに似たのかしら。」
「いや、君かもしれないぞ。」
二人は顔を見合わせて笑った。
(……助かった。)
どうやら魔力量が多いとは思われたが、異常とまでは判断されなかったようだ。
俺は内心ほっと胸をなで下ろした。
本当は、今流したのは全体の一割にも満たない。
毎日積み重ねた鍛錬のおかげで、体内には年齢不相応な魔力が蓄えられている。
だが、それを今見せる必要はない。
◇◇◇
「さすがアルス!」
エルゼが俺を抱きしめる。
「将来はすごい魔法使いになるね!」
「姉さん、アルスが苦しいって。」
アレックスが苦笑しながら助けてくれる。
「でも、本当にすごいよ。」
「僕ももっと剣と魔法を頑張らないと。」
兄はそう言って笑った。
嫉妬する様子はまったくない。
素直に弟の成長を喜んでくれている。
(本当にいい兄だ。)
◇◇◇
その日の夕方。
父は執務室でリーナ先生と話をしていた。
「どう思いますか?」
「アルス様は確かに魔力が多いお子様です。」
「ですが、それ以上に印象的だったのは魔力の流れです。」
「流れ?」
「ええ。」
「まるで無駄がありませんでした。」
「普通の子どもなら魔力が散ってしまいます。」
「しかしアルス様は、とても自然に魔力を流していました。」
父は感心したように頷く。
「才能か。」
「おそらくは。」
その会話を廊下で聞いていた俺は、少しだけ苦笑する。
(才能じゃない。)
(毎日欠かさず鍛え続けた結果なんだ。)
努力は裏切らない。
前世で学んだ、その言葉を改めて実感する。
◇◇◇
夜。
いつものように魔力を巡らせる。
今日の測定でも、自分の魔力はまだ十分に制御できていた。
(これからも隠しながら鍛えよう。)
力は、必要な時に使えばいい。
今は家族と穏やかに暮らし、学び、成長することが何より大切だ。
窓の外には、満天の星空が広がっている。
この世界「セレン」で過ごす日々は、まだ始まったばかり。
アルスは静かに目を閉じ、新たな一日へ備えるのだった。




