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ふわふわと葉っぱの敷き詰められた部屋に八人の小柄な人影が集まっている。中心には巨大な綿花の円卓が一つ。同じく小さな綿花の椅子が八つ。だが、そこに腰かけている者はそういない。おおよそが床に寝転がり、天井の灯火の花にぶらさがり、と好きに過ごしている。
卓についている一人が言った。
「漂着物占いによると、結構大きいことが起きるらしいんだよねえ」
「そうだろうなあ」
「僕ら渡守から対処係を決めなくちゃいけない」
「この忙しい時にか」
「仕方ないよ。今となっては、輪廻路を障りなく通って四領を渡れるのは僕らくらいのものだから」
「どうやって決めるの?」
「もちろん、あみだくじ!」
わっと全員が卓に集まってきた。一人が薄く色のついた綺麗な紙を取り出す。そこにいる全員が乗って寝そべってもなお余白のある、大きな神である。そこへ皆で線を書きこんでいく。
「誰になるかな?」
「うちの面子は当たらないといいんだけど」
「無理だよ。どこも絶対当たる」
「楽しみ」
てんでんばらばらな格子を刻まれた紙ができあがる。言い出しの一人が紙を畳んでいく。残りの七人は固唾を飲んで見守る。
*
ワダチを見送って早々、渡守の少年は腕に提げた光の環をくぐり、元の草原へと戻った。
ところでワダチは彼の名をカロンだと思い込んでいたが、それは勘違いだった。カロンとは彼の種族の名である。ワダチの前に現れたぼさぼさ髪のカロンの本当の名は、ネルソンといった。
ネルソンはワダチが己の名と種族名を勘違いしたと気づいていた。しかし面倒なので訂正しなかった。転生者は、輪廻路の終点へ行き着けばここでのことを忘れる。呼ばれ方のこだわりもないのだ。己がカロンであるのは間違いないのだから、いいだろう。
それより、彼はのっぴきならない問題に頭を悩ませていた。
草原を見渡す。一面にヨモツヒラ草がなびいている。転生者越しに一瞬目にした、大きな白石に似た生命の姿はない。
──今から俺ひとりで追うのは無理だ。
ワダチには誤魔化したが、ネルソンも彼の出くわしたものを見ていた。あの丸いものは、隣暮では寄生鬼と呼ばれる、厄介者だった。
寄生鬼はその名の通り、魂に寄生する習性を持つ。パンゲア幻界群の暗がり、もしくはパンサラサの虚淵に生息し、幻界の魂を狙って取り憑き、やがて完全に成りかわる。
寄生そのものについては、そのように生まれついたのだから、まあいい。問題は、それが隣暮の内側に現れたことだ。
ワダチの越えてきた大河は、幻界群との境の一部だった。隣暮には、天ツ民と呼ばれる、幻界群を維持する働きを担う者たちが住む。天ツ民が寄生鬼に喰われるようなことがあれば、隣暮だけでない、幻界群全体の崩壊に繋がるかもしれない。
ネルソンは寄生鬼を目撃した土に爪先で印をつけ、動いた土を小袋へ入れ、再び光の環をくぐる。光は矢のように飛び、彼を上空へと運び去っていく。
パンゲア幻界群は、たくさんの小さな世界が重なり合ってできている。重なり合っているというのは、ある世界の隣に別の世界が並んでいるというだけではない。似た場所か、もしくはまったく同じ場所に、別の世界がいくつも重なって存在しているのだ。これはそれぞれの世界が、おおよそ異なる性質でできているせいである。
水と油は、同じ器に流れこんでも、混ざり合わず境界を保つ。
近眼の地縛霊たちは、すべてを忘れて佇む。
人間の赤子は、己の体を支える筋肉と骨を見ることも知ることもできないが、やがて使いこなしていく。
そのように、小さな世界たちは、器用に共生と無干渉を両立していた。
中には、世界間を繋ぐ隠された通路や、複数の世界にまたがって存在する品物や場所もある。時たま、片方の世界で吹いた風が、もう一方の世界の花を揺らすことだってある。こういった例を目にすれば、ひとつの狭い世界しか知らない住人たちでも、異界の実在を感じることができる。だが、世界を跨ぐ存在はごく僅かであり、またそれに気づくことのできる者も決して多くはない。したがって、どの世界においても、住人たちが隣り合う異界を見ることは稀だった。
認識できないものは、幻に等しい。だから、世界は幻界と呼ばれていた。
ネルソンたちカロン族は、幻界群の維持に欠かせない輪廻システムを守るという役目を負っている。
幻界群のすべては、隣暮の外れ、光に満ち溢れた黄泉ヶ原に通じている。そこから清めの大河を越えれば、四体の大幻獣の守護する四領を通る輪廻路へとたどり着く。
カロンの住まう空飛ぶ島は、輪廻路の上空にある。移動するので決まった位置はないが、おおよそ春ノ郷の近く、彩雲より高い場所にあるのは変わらない。島への上陸はカロンのみに許され、他の民が足を踏み入れることはまず不可能だ。聖域の住人たちですら、雲の薄い日に、空の彼方に浮かぶ樹影を眺めるのがせいぜいである。
島は、永らえの島と呼ばれている。巨大な原石と、そこに根を張る古い木々が合わさってできた。古くは大魂幹を囲う森だったのだが、ゴンドワナ崩壊の際、残った結晶に互いの根を網のように張り巡らせてしがみつき、生き延びたらしい。以降、結晶と一体となり、浮島として生き続けている。
ネルソンは永らえの島の森の上部、枝葉に隠された緑の回廊を通り抜け、居住区域に降り立つ。張り巡らされた枝でできたドーム状の広い空間が、いくつも点在している。それぞれの天井からはカロンの居室である光の実が吊り下がっており、カロンたちが腰掛けて会話している。
「ネルソンだ」
「サボり魔のネルソンが昼間に戻ってきた」
ネルソンが二つ目の居住区域を抜けようとしたところ、そっくりな姿かたちをした小さな渡守が二人寄ってきた。大きな目が瑞々しい一方、短髪は古びたぬいぐるみに似てくすんでいる。癖がついて飛び跳ねていてもなお、どちらも背丈はネルソンの胸までしかない。だが動きは素早く、無邪気に周りをぐるぐると回って行く手を阻む。
「どこ行くの」
「また森のおじさんに反省文を出しに行くの」
「ヨーマ、セーレ。後にしてくれ」
ネルソンはすり抜けようとした。それより早く、双子が彼の両脇から腕を掴む。左右からぐっと詰め寄った同じ顔が、真剣な表情で問う。
「生臭いな」
「何と会った?」
忘れていた。この二人はとりわけ鼻が良く、遊び場にしている森への侵入者に敏感なのだった。ネルソンは観念して相手をする。
「寄生鬼だと思う」
「どこで」
「川中で」
「これは火急の用だな」
「大至急だよ」
ヨーマとセーレはネルソンの腕を掴んだまま、どいたどいたと声を上げて飛び出した。凄まじい勢いで縦に長い森を降りていく。居住区域を抜け、木の格子状に並ぶ回廊を進む。次第に周囲の枝が太くなり、隙間より溢れる陽光を吸う結晶に覆われた幹が数本現れる。
やがて、二本の幹の間に、茂みと似た風合いをした鳥の巣頭が現れると、双子は疾駆を止めた。ネルソンはふらつきながら前に出る。
鳥の巣頭のカロンは、騒ぎに気づいていない。足元に器具を散乱させ、ぶつぶつと独り言を漏らしながら作業を続けている。
「森おじさん」
やっと、彼はネルソンを仰いだ。口元にたっぷりと髭を蓄えているが、顔はつるりとした童顔である。
彼はネルソンのついている役、迎え番の取りまとめ役だった。名はモリジ。その名前と、ほとんどの時間を永らえの島の森深部に潜って過ごしていることにちなみ、カロンたちは彼を森おじさんと呼んでいる。
モリジは唇を尖らせた。
「迎え番の話? それなら番長って呼んでよ」
「ここにはカロンしかいないんだからいいだろ。川の内側に寄生鬼が出たよ」
モリジは身を乗り出した。
「本当か」
ネルソンは寄生鬼の出没した辺りの土を入れた小袋を差し出す。モリジは小袋の紐を緩めて鼻を寄せ、唸った。
「まだ新しいな。急ぎ追手を出さにゃならん」
「俺たちが手配するよ」
ヨーマが言い、セーレが頷く。
「助かる。八ツ手にも伝えておいてくれ」
モリジは大きなリュックサックに器具を詰め込む。
「ネルソン。ワシと一緒に春ノ郷に行くぞ。お前にも働いてもらう」
「俺も?」
ネルソンが己を指差すと、モリジは当然だと言った。
「お得意の形見写しをしてもらうからな」




