5-2
八ツ手の命により、カロンたちは永らえの島に軟禁状態になった。輪廻講は軒並み延期され、春ノ郷は大わらわである。黄泉ヶ原に虚神落ちが出ては困ると、交代で数人を組ませて派遣するのは続けているが、普段よりずっと仕事時間が少ない。小人たちは島で暇を持て余し、鬼ごっこや卓上遊戯に興じはじめていた。
マッキーとクエンティン、ネルソンはそうした同胞たちの余暇に加わることなく、同じ光球に腰かけ、難しい顔をしていた。残る一人の研修仲間のことが気がかりだった。
「アルニさん、生きてるのかな」
「時間を稼ぐと言っていたのでありますよね。あの方のことですから、生きていらっしゃるでしょう」
「でも、虚神堕ち相手だよ? 虚神堕ち相手に一騎打ちっていうだけでもおっかないのに、虚神落ちを追いかけて冬ノ島まで行くなんて無理だよ。島はパンサラサのどこかを泳ぎ続けてるんだから」
「上官の話を聞くに、アルニ殿はこの島へ来る際、一人でパンサラサを渡ってきたようでありました。あの海の狂気に抵抗する手段を身につけているのでありましょう。冬ノ島の位置も、知る方法がないわけではありません」
「本当にもう、僕らにできないことはないんだろうか」
「アルニ殿には散々良くしていただいたのに、小生は満足に恩を返せていないであります」
クエンティンは隣のぼさぼさ頭を引っ張る。
「そう思いせんか、ネルソン。聞いていますか」
「聞いてるよ。考え事してるんだからやめろ。痛い」
「だって、ネルソンがずっとだんまりでありますから」
ネルソンは考えていた。
彼は、友情や恩でアルニを助けようとは思えない。自身の生きる意義、助けられる者に手を差し伸べて救われようとするアルニの深刻な生の矛盾と苦しみが、自分の感傷でどうにかできるものとは思えなかった。ゴンドワナ崩壊時に生まれた怨霊の巻き添えを食らってこそいるが、これは間違いなくアルニ自身の問題である。彼が助けを求めないから、八ツ手は助けかねている。自分が助けられていいものだと分かっていないどころか、破滅へ向かって当然だと思いこんでいる節がある。そんな状態のままでは、手を差し伸べたところで時間の問題だ。彼は遅かれ早かれ、誰かを救うというお題目で破滅する。
──本人の気が済むなら、それだっていいじゃないか。
何がダメなのだろう。己は何に引っかかっているのだ。命を救われたとはいえ、たいして仲の深まっているわけでもない同僚が自分なりに満足して死んでいく。そのことになぜこうも釈然としない気持ちを抱いているのだろう。
分からない。いくら考えても、答えが出てくれない。時ばかりが過ぎていく。その間に、彼は死んでいくかもしれない。
「ああ、やめだ。やめやめ!」
ネルソンは立ち上がった。クエンティンとマッキーが驚く。
「びっくりした」
「何をやめるんだい」
「お前ら、暇だよな」
「暇ではありませんが」
「僕らは真剣に悩んでるんだよ」
「双子を張るぞ」
幼げな双眸二対が、ぱちぱちと瞬いた。
「急に何さ。なんで双子?」
「セーレが秋ノ市で牢に侵入してきただろ。あれを見て思いついた」
セーレとヨーマの持つ移動手段は、渡守の光環を利用した高速移動だけではない。詳しい理屈は不明であるものの、話しぶりと様子から察するに、自分たちよりずっと自由に通行口を作って移動できるようだ。
「あいつらならパンサラサの影響を受けないで、直接冬ノ島に飛べる可能性がある。あいつらがダメだったとしても、永らえの森にはちょくちょく通行口ができる。あの中のどれかが冬ノ島につながっているかもしれない。片っぱしから飛びこめばいけるんじゃないか」
「とんでもない博打でありますな」と、クエンティンがにやりとした。
「でも面白そうで、希望があります」
「やろう。二人を探そう!」
マッキーが拳を握った。
三人はさっそく森へ向かった。森の深部に入りこもうとすれば、目当ての姿がすぐに姿を現わした。珍しく一人だけである。どちらか分からないそれが唇を尖らせる。
「今忙しいんだけど、なに。遊んでほしいの?」
「相談があるんだ」
「場所を変えていい? セーレを一人にしてるから」
ヨーマが先に立ち、ネルソンたちがついていく。ヨーマはすさまじい速さで樹々の隙間を縫うように飛んだ。茂みの下の僅かな空間をくぐり抜け、太い枝をぶつかる寸前でかわして越える。ネルソンたちは無言で飛んだ。必死だった。見失わないよう、置いて行かれないように努力し、ようやっとヨーマの背中が止まるのを見た時は心から安堵した。もう一度自力でたどり着けと言われたら無理だろう。彼の飛ぶ道は複雑で、覚えられなかった。
彼が連れてきた場所は、天井の高い四角錐の空洞だった。足元は平らな結晶の床が張られ、うっすらと幾何学模様が彫ってある。壁では枝葉が複雑な模様で組み合わさり、隙間から光が射しこんでいる。さながらステンドグラスのようだった。緑の教会とでもいうべきこんな場所があることを、ネルソンたちは初めて知った。
中心ではセーレが座禅を組んでいた。透き通る光の幕が、円となって彼を取り囲んでいる。幕の上下には見覚えのある金がある。これはセーレの光環が変形したものだと気づく。
光の幕には外の景色、永らえの島の外がパノラマ式に映っていた。見たことのない光環の活用方法に、クエンティンは興味津々だった。
「これはどうなっているのでありますか。光環にこんな活用方法があるなど、初めて知りました」
ヨーマは答えず、三人に笑いかけた。
「よくついて来たね。そんなに話したいことがあるならば、聞こうじゃないか」
「わざと大変な道を選んで飛んだな? 俺らはお前ほど小さくないんだから加減してくれ」
ネルソンが咎めるも、ヨーマは軽く片目を瞑ってみせる。
「まあまあ、そのくらい当然の駄賃じゃない? 君ら、とんでもないことをしようとしてるんだから」
「分かるのかい」
「顔に出てる。そんなに深刻な顔してたら、何を言われるのか誰だって分かっちゃうよ」
ネルソンは自分の考えと冬ノ島に行きたいという意思を伝えた。ヨーマは腕を組んだ。
「だいたいのことはセーレから聞いてる。君の言う通り、この世界樹の森には無数の通行口がある。そのうちのいくつかは冬ノ島に通じてるから、その気になれば冬ノ島に行けるよ」
三人の表情が明るくなる。ただし、とヨーマは語を強めた。
「お前らだけをあの島に放りこむことはできない」
「なんで?」
「あっちは今、ちょっとした戦争中なんだ。攻めてきた虚神と島の守護者がドンパチしてる。慣れてないお前らが飛びこんだら、あっという間に蜂の巣で海の藻屑だ。お前らの不慣れで俺が八ツ手に責められるのは理不尽だろ」
「俺らがそういうのに慣れてないのはその通りだけど、もうちょっと言い方はないのか」
「さらに言うなら、実は今の状況で俺とセーレのどちらかがここから離れると、いい顔をされない。ユーノリアは島を攻略したいと考えていたようだった。虚神がいつ攻めてくるとも分からない今、俺ら二人がそろっていないのはまずい」
「御用聞きがいるじゃないか」
マッキーが言うと、ヨーマはわざとらしいまでに屈託のない笑みを浮かべてみせた。
「うん。そうだね、お兄ちゃん! 頼りにしてるよ」
「何が言いたい。つまり、俺たちには協力しないってことか」
「いや。冬ノ島に乗りこむのは賛成だ。やってやるさ。だが、俺の言うことを守れるならという条件つきだ」
「話してみてくれ」
ヨーマは指を三本立てた。
「一つ、島に行くのは俺ともう一人だけ。二つ、その一人は俺が島で撤退の判断をしたら必ず従う。三つ、残る二人はここでセーレを手伝う」
あちらの戦況が最悪である可能性も考えて、なるべく身軽な人数で行きたいのだとヨーマは語った。まるで自分自身は戦場でもまったく問題ないと言いたげな口ぶりなのが気になるが、ネルソンは大人しく話に耳を傾ける。
「セーレの手伝いは単純だ」と、ヨーマは島周辺の景色を映し出した光のパノラマを指さし、
「ここでセーレの張っている警戒網を観察して、異変が起きたら一人が八ツ手に伝えに走る。もう一人は迎撃を手伝う。やり方は、その時にセーレが説明するだろ」
相方の言うことを聞いていたのか、セーレは目を瞑ったまま片手を上げた。ネルソンたちは顔を見合わせる。
「どうするか」
「永らえの島が標的になる可能性がある以上、ここを手薄にすべきじゃないっていうのは僕も同意だよ」
「ここは、ネルソンが島に行くべきでありましょう」
クエンティンが力強く頷いた。マッキーも同意する。
「ネルソンなら、アルニさんの居場所を探せる。クエンと僕はここで島を守るよ」
「いいのか」
「ああ。君ならきっと大丈夫」
マッキーはネルソンの手を握った。
「必ず帰ってくるのでありますよ」
ヨーマは片腕を回した。
「よし、決まりだな。じゃあ、張りきって行くとするか!」




