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目を覚ますと、光の乏しい独房にいた。照明は天井の豆電球一つだけである。黒ずんだ鉄板に四方を囲まれていて窓はない。扉もしっかりした作りをして、そう簡単に出られそうではなかった。
「アルニ、起きたでありますか」
同じ部屋の中に二つ、影が見えた。よく見れば同胞二人である。
「クエンティン? マッキーもいるんだな。無事か?」
「怪我はしてないって意味でなら無事だよ」
人の良い声が答え、ネルソンはひとまずほっとする。
「何があったんだ。ここはどこだ。俺の背負っていたジャノメの体は?」
「待ってください。一つずつ話すであります」
二人はかわるがわる説明した。
ネルソンとアルニが裏通りに入ってからしばらくして、妙な灯共が二人来た。彼らはクエンティンに反論の隙を与えず、またマッキーに反撃をろくにさせず、あっという間に拘束してしまった。
「手荒な方々ではなかったのであります。だから油断したと言いますか」
「僕らの身分を確認して、保護が何とかって言ってたよ」
「そいつらは虚神じゃなかったんだな」
「間違いなく灯共でした」
それならば、最悪の状況ではないということか。しかしそれならば誰が、何の目的で自分たちを捕らえたのだろう。
「博士の体は持っていかれてしまいました」
「アルニはどうしたの。一緒じゃなかったのかい」
マッキーが尋ねる。ネルソンは首を横に振った。
「伝言を頼まれた。ここから出て、八ツ手と四霊師に伝えないと」
しかし、光の量が少なくて簡単には脱出できそうにない。ここに彼らを捕らえた者が何者かは分からないが、少なくともカロンの特性は知っているようだ。
「変な人たちでした。スーツ姿で、荒っぽい風には見えなかったのでありますが、マッキーに殴りかかられても平然と対処したのであります」
「クエンティンが口八丁で切り抜けようとしても、惑わされなかったよ。自分たちにはカロンを保護する義務があるからって言ってた」
「そういうことなら隣暮の奴なんだな」
「しきりに、約束がどうとか言っていたでありますな。傷つけるわけにはいかない、大人しく約束に従ってくれ、と」
「お前らとの約束じゃないんだろ」
「約束してないよ。初対面の人たちと、そんな軽々しく約束ごとなんてかわせないよ」
「秋ノ市での約束は重いでありますからな」
「そうそう。ここでは約束がとっても大事なんだよ」
天井から声がした。
三人が見上げた時、通気口が開いて小さな人が降りてきた。くすんだ癖毛の子どもである。大きな瞳で三人を見上げ、無邪気に笑う。
「やっ。いい部屋にしまわれているね」
ネルソンたちは目を疑った。現れたそれは、永らえの島の仲間だった。いつも森を遊び場にしている、同じ外見を持つ二人組の片割れだ。
「なんでこんなところに双子殿がいるのでありますか」
「一人しかいないだろ」
「見分けがつかないでありますから、双子殿と呼ぶしかないのであります」
「どっち? ヨーマくん? セーレくん?」
「セーレくんです」
小さな子ども、セーレは胸を張る。ネルソンは天井の穴を覗く。
「どこから来たんだ。いや、そもそも、そこに人が入れる空間あったか?」
「扉さえあれば、そこはあっという間にボクたちの出入り口になるのさ」
「そんなこと、僕らはできないけど」
ネルソンとマッキーはいぶかしむ。クエンティンが囁く。
「双子殿の言うことを真に受けていたら、時間が足りません。まずはここから出してもらわないと」
「出してもらうって、あいつにそんなことできるのかよ」
セーレは薄暗い壁をぺたぺたと触り、調子はずれの鼻歌を奏でている。疑わしげなネルソンに、クエンティンは何を言うかと顔をしかめた。
「本当に、彼らがただ森で遊ぶだけの子どもだと思っているのでありますか」
「ただの森で遊んでる子どもだろ」
セーレとその片割れであるヨーマは、ずっと森にいる。渡守の仕事はせず、体はクエンティンより小さい。渡守たちが森に立ち入るのを見ればまず駆けつけ、遊べと絡んでくる。行き先を聞いて手早く連れて行ってくれることもあれば、興味をなくしてどこかへ行ってしまうこともある。カロンたちは彼らを、何らかの事情で幼いまま成長しないために仕事を任されず、ただ島にいてたまに彼らの島内の移動を手伝うだけの、気まぐれで無邪気な子どもたちとして認識していた。
「永らえの森でありますよ? 不定期に通行口のできる、熟練のカロンでも不用意な立ち入りを警戒するあそこを、彼らは僕らが生まれる前から縄張りにしているのであります。彼らが渡守の仕事をせず、権限のある者にしか立ち入りが許されない森に自由に出入りするのは、あそこを縄張りにするのが彼らの仕事だからです」
「研究部の好きなオカルト話じゃねえのか」
「本当のことであります」
「ねえ、セーレ」
マッキーが壁と戯れる子どもに声をかける。
「僕らはここから出たいんだけど、どうしたら出られるかな。君みたいに通気口から島に帰れる?」
「それはできないなあ」
セーレは屈託なく言った。
「どうして」
「だって、君らはまだ島に帰らない。ここの霊師に会わなくちゃ。話すことがあるでしょ」
首が回り、大きな瞳がネルソンを映す。
「なんでそれを知ってるんだ」
「ダーちゃんが言ってたよ。漂着物が、ネルソンの伝言を届けさせろって囁いたって」
マッキーが上体を曲げ、クエンティンの耳元に囁く。
「漂着物って何」
「知りません」
「ダーちゃんって誰」
「八ツ手の長、ミダ殿であります」
「ダーちゃんなんて呼んでいい人じゃないじゃないか」
マッキーは目を剥いた。
小さくスキップを踏み、セーレは独房の扉に向き合う。小さな手のひらがドアノブに触れると、金属の噛み合う音が数度響いて扉が開いた。
「秋の職人はいい仕事してるねえ」
セーレは歌うように言い、外に出ていった。ネルソンたちは唖然としていたが、我に返って後を追う。電灯に煌々と照らされた殺風景な廊下を、セーレは歩いていく。
「ちゃんとボクのそばにいてね。あんまり遠くに行っちゃダメだよ」
「どこに行くんだ」
「だから秋ノ霊師のところだよ。ここは市役所なんだから」
「そうなの?」
マッキーがすっとんきょうな声をあげ、周辺を見回した。
「言われてみれば、そう見えなくもないような」
「秋ノ市の天上牢閣だよ」
秋ノ市役所は二つの高層ビルからなる。間に連絡通路が数本あり、その一番上に鎖で繋がれた立方体があった。その立方体が天上牢閣である。この地では罪人をその中に拘留すると聞いていた。
「せっかく高いところに置くのに、外は見せないのでありますな。地下に捕らえればいいものを、秋ノ民は不思議なことをするものであります」
「罪人に高層階の景観を楽しませてどうするんだよ」とネルソン。
「こういうのはな。地に足つけて生きる奴らに、罪人を見せつけるためにやるんだ」
不思議なことに、立ちふさがる者はいなかった。等間隔に設置された棒状の緑白灯に照らされ、黒鉄の回廊は静かに横たわっている。幼児を先頭とした一団は難なく回廊を抜け、端にある昇降機に行き着いた。
「エレベーターだ」
「さすが秋ノ市。牢獄まで電化されてるんだ」
「これで目的地までひとっ飛びしようね」
ボタンを押して扉を開いたセーレを先頭に、四人は昇降機に乗りこむ。扉が閉まれば、箱はゆるやかに下降を始めた。次第に速度が上がり、体にかかる圧が強くなる。
「秋ノ市の牢は無人なのか? 機械警備の一つくらいいると思ってた」
ネルソンが遠ざかる牢の方向を見上げる。エレベーターの壁は不透明な白板だから見えるわけがないのだが、あまりの奇妙さが落ち着かず、そうせずにはいられなかった。
セーレは、んふふと笑った。
「ラッキーだね。誰もいなかった」
「牢から市長のところまで直通するエレベーターは危険すぎないか」
「うんうん。そういうものがあって良かったねえ」
カロンたちの位置からは、頭身の低いセーレの顔を覗けない。ネルソンはマッキー、クエンティンと顔を見合わせた。クエンティンが神妙な顔で首を横に振った。聞くなということである。
昇降機の落下速度が落ちはじめた。そうだ、とセーレは思い出したように言う。
「きっと歓迎されるだろうから、昇降機を降りたらマッキーに先頭を歩いてほしいな」
「え?」
言われたことを飲みこみきれないマッキーの背後に、さっさと回りこむ。
「大丈夫だよ」
「何が?」
「ちゃんと背中は守るから、さ!」
扉が開いた。瞬間、セーレはマッキーの背を勢いよく押した。




