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今は昔、超幻界ゴンドワナが健在の頃、すべての魂ノ緒の結びついていた大魂幹の膝元に、幽玄なる力の制御に秀でた一族が住んでいた。プラネテス師族と呼ばれるその一団は遊魂ノ術という通力を持ち、欠けるもののない大いなる地を生きる民草を、彼らの望むままの姿にしてやることを生業にしていた。当時は何をしなくとも、ただそこにあるだけで生きていられた。牧歌的で幸せな時代だった。
ある時、悲劇が起きる。超幻界ゴンドワナの創造主である大いなるものが崩御し、ゴンドワナが崩壊したのだ。大いなるものという力の根源を失った超幻界は裂け、分裂した。日に日に民は姿を保てなくなり、多くの者が初めての死を経験した。すべてはゆるやかに破滅の魔の手に脅かされ、消滅を待つばかりだった。
このまますべてが無くなっていくのを見守ってなどいられない。崩れゆく世界をどうにか押しとどめよう。そう決めて動きだしたのは、かつて大いなるものに仕えていた者たちだった。原始の霊師たち、知恵と力を持つ者ら、名の知れた師族が集まった。彼らは創意工夫を凝らし、試行錯誤の末に輪廻転生システムを生み出した。大いなるものを失い、衰えゆくすべての民に、生と死とを繰り返す形で永劫の命を与えた。また、彼らの魂ノ緒を魂幹から解き放ち、幻界間を移動させることで、各幻界の培うエネルギーを交換し合い、活力が枯れることのないよう仕組んだ。こうして超幻界ゴンドワナは終焉を迎え、新たにパンゲア幻界群が生まれた。
この輪廻転生システムには、プラネテス師族の持つ遊魂ノ術が大いに生かされた。魂幹から魂ノ緒を解き放つことも、幻界を渡ることも、姿を変えての転生も、プラネテス師族の力なくしてはできなかった。しかし、彼らは滅んだ。輪廻転生システムの完成に力を尽くすあまり、自らの命を使い果たしてしまったのだ。
霊師たちは、こんなにも貢献したプラネテス師族の魂を、輪廻の道に送り出してしまった。そしてプラネテス師族の残した魄体を、彼らの住んでいた土地にあった蓮池に託してしまったのだ。以来、その蓮池からは幻界群を駆ける力を持つ小人が生まれるようになった。これがカロンだ。
今では霊師もカロンも輪廻転生の守護者などと呼ばれているが、バカバカしい。奴らは先人の犠牲の上にあぐらをかき、彼らの知恵と技巧を我が物のように乱用する、血も涙もない盗人なのだよ。
「この蓮は偶然手元に戻った、奪われた我らが資産の一つ。我が師族の聖体を宿した蓮座の持つ力は偉大だ。大事に使わせてもらったよ。これが最後に残った一片さ」
プラネテス師族最後の一人は、会場へ向けて大音声を放つ。
「分かるかね。そんな誤った連中の治める世は、改めなければならない。君たちは運よく選ばれたのだ。すべての者の中で最も早く生まれ変わる。新たな世の第一世代となるべく、母なるパンサラサの導きを得て魂を浄化するのだ」
「どっちにしろ追放霊に噛ませる気なのかよ」
ネルソンは歯噛みした。
光環を投げて虚神堕ちだけを狙うことはできる。しかし、うまく当たったとしても他大勢の人質を救えるとは限らない。ましてや、すべての追放霊を追いやる方法など──思案するネルソンの肩が、力強く掴まれた。アルニだった。顔色は変わらず蒼白だが、目は爛々と輝いている。
「ネルソン、聞いてくれ。あいつの狙いが分かった」
思い出したんだ、とアルニは囁いた。
「いいか、冬ノ島だ。あいつの狙いは冬ノ島の神器<覆盆>だ。あれを使って隣暮を滅ぼし、自分のかつての一族を集め直す。永らえの島の蓮池を守って、カロンを外に出させないで。あいつはカロンを自分の所持品だと思っている。捕まれば、使い捨ての燃料みたいに扱われる」
「お前、どういうことなんだよ」
戸惑うネルソンに、アルニは首を振ってみせる。
「時間がない。今言ったこと、八ツ手と四霊師に伝えてくれ。私はなるべく時間を稼ぐ」
「アルニ」
「マッキーとクエンティンによろしく。こんなことを言ったら怒られるかもしれないけど、君たちとやる研修は楽しかった」
最後の方は早口だった。アルニは微笑むと、両手首にさげた光環を一つずつ取り、力を込めて放り投げた。
強力な極光が放たれた。二つの環は広がって巨大な円環となり、重なり合って会場を包む。観客とスタッフにまとわりつく影、追放霊が蒸発する。脅威がなくなったことを認識した途端、人々は蜘蛛の子を散らしたように逃げ出した。アルニは腰袋から出した櫂を片手に、混乱のホールへと飛び降りる。舞台上へと舞い降りた彼の前には、二つの人影が待っていた。一つは倒れ伏す小柄な女の体。ジャノメの魄体である。もう一つはその足元に佇んでいる。癖のない黒髪、ゆかしい顔立ち、細身の体。アルニとまったく同じ姿かたちだった。輪郭越しにステージの背景が透けて見える。どうやら霊体のようだった。
「君が来ないわけがないだろうと思っていたよ、アルニ」
虚神堕ちは、自分の前に現れたカロンに瓜二つの笑みを浮かべる。対面のアルニは、何の感情も浮かべていなかった。
「中途半端に殺すんじゃなくて、粉微塵にしておくべきだった。私が甘かった」
「甘かった? 言うようになったじゃないの」
虚神堕ちはおかしくて仕方ないと、声をあげて笑う。
「自分が私より強いと? あなたを育てたのが誰か、忘れたの? 嵐で蓮ごと地に落ち、仲間の誰にも拾われなかったあなたがパンサラサで生きられたのは、誰のおかげだと思って?」
品性を繕った、嘲りをたっぷりと含む女言葉。これが本当のプラネテス自身の言葉づかいなのだ。
「頼んでない。全部、あんたが自分の野心のためにやったことだ。ユーノリア」
アルニが空櫂を握りしめる。たちまち櫂は閃光を放ち、形を変えた。木目が輝き、平たく丸かった両端が鋭利な刃に変わる。
──空櫂の特攻型だ。
空櫂や光環の形状変換は、中級以上の渡守でないと会得できない。中でも空櫂の特攻型は、上級になっても扱いが難しいと言われる型だった。
アルニは光る諸刃を手に、前へ飛んだ。刃の先をユーノリアの喉元に滑らせる。それより早くユーノリアが身を引く。アルニはそのまま肉薄し、虚神堕ちをステージの隅へ追いやる。
「ネルソン、ジャノメを頼む」
アルニが叫ぶ。ネルソンはすぐに飛び降り、脱力しきった学者の体を抱えて遠ざかった。
「まだカロンがいたのね」ユーノリアがぞっとする笑みを浮かべる。
「すべて私たちプラネテス師族の下等種。全員逃がさないわ」
「早く逃げろ。このことをみんなに伝えてくれ」
急かされ、ネルソンは後ろ髪を引かれながらもその場を後にした。すぐに後ろからおぞましい気配が追ってくるのを感じ、足元に光環をやって加速する。
──あのユーノリアって奴は虚神や虚霊を呼べるのか?
正体を確かめている暇はない。ここから抜け出し、伝令を務めなければ。
裏通りの人々はすっかり逃げ出したようだ。通路には人っ子一人いない。おかげでネルソンは飛ばせるだけ飛ばすことができた。
最初の廃店舗に飛びこみ、ポスターに突撃する。通行口は無事に作動した。もといた秋ノ市の光景にたどりつくことができ、ほっとする。
「マッキー、クエンティン。どこだ」
返事がない。にわかに嫌な連想が膨れ上がる。
ネルソンは光環を使おうとした。その刹那、全身を衝撃が襲い、視界が暗転した。




