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御伽話集成ロスト・ゴンドワナ  作者: 祐川 千
4章 市場の集い
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4-3

 幻界と幻界、もしくは隣り合わない土地を結びつける扉を、隣暮(リンボ)の住人は通行口と呼んでいる。通行口には自然発生するものと、意図的に作られるものとがある。自然発生の通行口の法則性は不確定であるが、意図的に作る方法は確立されている。

 人工的に作る通行口の仕組みは手紙に近い。両方向の親和性が高く、通じ合いたいと願う者がいるほど、通行口は確かなものになる。または、片側だけからの希望であっても、相手方の居場所が明確に分かっているならば、危なげない移動をすることができる。

 必要な材料は、扉代わりとなる枠二つと通行料、気合いである。枠二つはできれば同じ形がいいが、必ずしも同じである必要はない。通行料は五元素のうち二つ以上のものを使い、時間をかけて精製されたものがいい。気合いは気合いである。通行口を作るのが渡守でない場合は、気合いだけではなく祝詞や呪文が必要となる。今回の場合、通行口を使うのはカロンのみであるから、言葉を使うとかえって邪魔になる。

 扉は街外れにある転生保険のポスターにした。エルフ女性が玄関前に立ってこちらへ微笑みかけている。扉が大きく写っている点と、『安心安定の来世を』という謳い文句が扉にかぶっていない点がいい。通行料は小銭である。隣暮(リンボ)において、貨幣は渡し賃くらいにしか使えない。

「ここで入り口を守る奴がいた方がいいな。俺が残ろうか」

「言い出しっぺは飛びこむべきでは?」

 真顔で発されたクエンティンの言葉に、マッキーとアルニが同意する。

「異界通行はお迎え番の得意技だよね」

「つまんないこと言ってないで早く行くよ。探索の得意な君と私が組んで潜入し、クエンティンとマッキーが喋りと力技でここを守る。いい加減分かってるだろうに」

「冗談じゃねえか。みんなして怒るなよ」

「怒ってはいません。それはそれとして、通行失敗して狭間で迷子になっても助けませんよ」

「怒ってるよな」

「クエンティンは狭間が苦手だからね」

 ネルソンとアルニは通行口の前に立つ。

「私たちが丸一日経っても帰ってこなかったら、永らえの島に戻って救援を求めてほしい」

「分かった。あまり無茶するなよ」

 気合いを入れて飛び込んだ。ポスターの貼ってある壁にはぶつからず、全身が薄い紙を突き抜けるのに似た軽い衝撃を覚える。そうして着地した先は、もう明るいオフィス街ではなかった。真っ暗な空き家だった。

「成功か?」

「分からない。確かめてみよう」

 二人は光環を弱く灯し、周囲を探索する。空き家は飲食店だったようだ。カウンターで厨房と飲食スペースが仕切られている。家具は何もなく、据えつけのテーブルや食器棚に薄く積もった埃がなければショールームだと勘違いしたに違いない。そのくらい生活の気配のない場所だった。唯一、彼らの通行口の役割を果たしたポスターだけが残された装飾だった。ポスターには色鮮やかなサーカステントが描かれている。開け放された入り口は黒く塗りつぶしてあり、満面の笑みを浮かべて招く男がいる。煽り文句は『あなたの前世、買い取ります』だった。

 廃店舗には扉が二つあった。一方は開かなかったが、もう一方はノブが動く。その開いている方の扉の壁に窓があり、外が見える。天井、店舗、床、全てが同じ白銀の一枚板で作られた、細長い箱のような回廊だ。

「これが裏通りなのか」

 ネルソンは呟く。アルニは、おそらく、と小声で返した。

「裏通りは、予期せず発生した抜け道から何も知らない旅人が迷いこむことがないよう、秋ノ市役所によって、完全に外界と遮断する形で設計されたと聞いたことがある。元の地形を生かさず、自然の干渉を完全になくした、隣暮(リンボ)でも珍しい空間なんだ」

「探知しても問題ないか」

「通力なら大丈夫」

「乗っ取られる前のジャノメに会ったことがある俺なら、ここにいるのか確かめられる。その後に動きだそう」

 ネルソンはその場にあぐらをかく。ジャノメから預かった振り子を手にし、目を瞑る。

「ジャノメの魄体の位置はどこだ」

 肉体の重みが遠ざかる。ネルソンは、あぐらをかいた自分と佇むアルニを見下ろしていた。無事、意識が魂魄体から抜け出せたようだ。手にした振り子から輝く細い糸が外へ向けて伸びているのが見えたので、追っていく。

 空き家の外へ出る。左右にしばらく空き店舗が続いた後、やっと人通りが多くなる。裏通りの景観は、かなり変わっていた。人が三人並べるくらいの間口の小さな店が、左右の壁にずっと並んでいる。広告や看板の類は一切ない。なのに、客たちは無機質な銀の箱めいた店の違いが分かるらしく、迷わず用のある店舗に近寄っていく。各店舗の正面には、カウンターと来客用の椅子が一つ。隣り合う店との間にはもれなく衝立が設置されている。どの客も衝立に狭められたカウンターに体を推しこみ、向こう側の店員と小声で話している。通りには無数の囁き声が満ちていた。

 ──予想していた光景と違う。

 玄人の取引場であること、裏通りという名前から、もっと暗く、手入れのされていない道を想像していた。だが、ここは暗くもなければ明るくもない。振り子から伸びた見えざる糸の方が眩いくらいだった。

 好奇心を刺激されながらも、糸の行く先を追うのを優先する。道中に危険そうな客がいないかだけ注意して見る。特に理不尽に荒々しいものはいないようだった。客の風体はオモテの市同様にさまざまだ。ただし、こちらの方が服装と表情のばらつきが大きい。仕立てのいいモーニングをまとう紳士が険しい表情で窓口に詰め、その隣のブースでは薄汚いランニングシャツのごろつきが悠々とチューハイ缶をあおっている。一方で、店の内側にいる店員は一様に無表情なシャツとベストである。視覚に集中しているため、それぞれ口を動かしているのは見えても声までは聞こえない。ほとんどがほどほどに口を開き、淡々とやりとりをしているようだった。

 途中、例外を見つけた。獣人の客で、取り乱しているようだった。豚頭をのけぞらせて立ち上がり、窓口の店員に何かをまくしたてる。店員は目や眉を大きく動かすことなく、口の形だけを変えて対処する。恰幅の良い体の激しい身振り手振りが止まったのは、突然だった。獣人らしい巨漢が静止する。目が宙の一点を見据え、ぼやける。そのまま崩れ落ちて動かなくなった。そんな客のもとへ、四つ足の機械が二体駆けつける。片方は腕に収納していた鉈で獣人の首を斬り、片割れの機械に乗せてやる。もう片方は死体を持ち上げて片割れの背に乗せ、血の溢れた箇所を拭き清める。作業を終えると、ばらばらの方向へ去っていった。

 ネルソンは先へ進む。糸は通路のさらに奥へ続いている。代わり映えのしない道がやっと途切れた。通路はバルコニーに通じており、半円状のホールを見下ろすようになっている。半円の中心に緋色の舞台があり、階段状にせり上がる弧の方が客席になっている。糸は客席に座る誰かに繋がっているようだ。

 ネルソンは糸を追って客席へ下りる。満席で足の踏み場がないようだが、体がないので楽々糸の繋がる相手のもとへたどり着けた。その客は最前列におり、他の客と同じように静かに空白の舞台上を眺めている。

 客の顔を覗きこんだ。ジャノメの顔があると、思っていた。

「どういうことだ」

 衝撃のあまり、口を開いてしまった。途端、意識は体に引き戻された。

 ネルソンは暗い空き店舗に戻ってきた。外を警戒していたアルニが、呆然と座りこんだままの彼に気づく。

「おかえり。いたかい」

「いた……はずだ」

 口を押さえる。尋常でない様子を察したアルニが眉をひそめる。

「どうしたんだ。ジャノメは振り子の開発者。魂が別の場所にあっても、本人の魄体が近くにあるならば見えたんだろう。それとも、まさか虚神としての本当の姿をさらしていたなんて言わないだろうね」

 ネルソンは黙っている。顔を伏せ、考え、口を開く。

「あんたの言う通りだ。あれはジャノメの体だ。術の対象は俺と面識のある天ツ民。本人に触れたことのある依り代もそろってる。十中八九ジャノメの魄体だろう」

「十中八九ってどういうこと?」

「準原種っていうのは、俺たちの知らない超能力でも持ってるんだろうか。お前、分かるか」

 アルニは首を傾げる。

「分からない。プラネテスという種のことは、博士の話を聞くまで知らなかったから」

 ネルソンは己の額に手を当て、大きく息を吐く。ありえないものを見たことによって湧き出た汗と、激しい動悸が収まるのを待つ。

 言うべきか、言わずにおくべきか。迷うネルソンの眼差しが、しゃがみこむ渡守に移る。心配そうに覗きこむ品の良い顔──それは、ネルソンがジャノメの魄体に見た顔立ちとそっくり同じだった。

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