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御伽話集成ロスト・ゴンドワナ  作者: 祐川 千
4章 市場の集い
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4-2

 夏ノ谷から春ノ郷、永らえの島あてに伝書鳩が届いた。ネルソンたちが春ノ郷で過ごす間に、封じられた巣窟の調査が終わったようだ。そこには巣窟に探知妨害の導具があったこと、寄生鬼(イクソス)はいなかったこと、唯一の脱出口は水路で、どれも海に通じていることが記してあった。

「その水路の通じる先にある海域は、ちょうど秋ノ市のあたりなのであります」

 秋ノ市は契約を結びたい者が訪れる土地である。虚神を呼ぶ者が現れてもおかしくない。

「虚神を呼ぶ者って誰なんだろうか」

「そういう噂は全然聞かないね」

「どうやって虚神を呼ぶんだろうな」

「彼らは意思疎通ができたとしても、こちらの言う通りになど動かない者たちでありますから」

 四人は永らえの島の光球に腰掛けて話をしていた。大きな球状の鳥かごに似た居住区を、カロンたちが歩いたり飛んだりしている。近くを飛ぶ者たちは、ネルソンたちに好機の視線をやる。駆けつけ係のエースと各当番のデコボコ三人組がそろっている光景が珍しいに違いない。中には研修のことを知っているのか、憐れむような目を向ける者もいた。

「例の、準原種の仕業なんだろうか」

「ジャノメの体を奪って何をする気なんだろう」

 ジャノメは研究について秀でた才能と情熱を持っているが、身体能力はごく普通の天ツ民である。それどころか、成人していても子どもと見間違われるほどの低身長だ。緑の黒髪の光沢は美しいが、ろくに手入れせずいつも頭のてっぺんで団子状にまとめたまま。それ以外にこれといって珍しい要素もない。彼女の体を乗っ取る一番の目的として納得できそうなのは、春ノ郷における研究員としての権限を利用したいというものであるが、体を奪った時点で彼女は服役中だった。当然、権限はすべて制限されている。

「秋ノ市でかたがつくといいでありますが」

「冬ノ島は怖いものなあ」

 クエンティンとマッキーは溜息をつく。自分たちはまだ突き止めるべきことを何も突き止められていない。関わる領域と虚神が増えるばかりで核心に迫れない状況に、不安を感じはじめていた。

「秋ノ市だって油断できる場所じゃないだろ」

「そうではありますが。理屈が通るだけまだマシでありますよ」

「どっちも霊師に協力を仰げないところは一緒。規律的か混沌としてるかが、あの二領域の違いだ」

 アルニは組んだ足の上で頬杖をついた。

 春と夏の領域が旅人に対して友好的であるのに対して、秋と冬の領域はあくまで中立を貫く傾向にある。これから目指す秋ノ市は、あの土地でなされる契約と調和がすべてだ。商売人が多く集まる端正な容姿の街はオモテの姿。その実像は、理屈と欲が綱を引き合う弱肉強食の地である。長は公正な取引が行われるのを見守っているというが、人前に姿を現したという話を聞いたことがない。渡守たちですら、市長を見たことのある者はいないということであった。

「とにかく行ってみないことには分からない。追跡班がああいうことになってしまった今、私たちは寄生鬼(イクソス)の捜索もすることになっている。パンサラサに帰ってしまって、こちらに戻ってこないならば、それが一番いいんだけど」

 アルニは目を伏せた。事はそう簡単にはいかないだろうと、誰もが分かっていた。



 秋ノ市にやってきた研修者たちは、怪しい取引がなかったかを確かめるために聞き込みをすることにした。

「この市では、意図的に嘘を吐けば誓約の珠に命を抜かれてしまう。必ず公正なやりとりをする、その体質を利用しよう。私たちも取引をして、情報を得るんだ」

「品物もたんまり用意しました。準備万端でありますな」

「春ノ郷の温泉水って、商品価値あるのか?」

 ネルソンは肩に食いこむリュックサックの紐を握りしめ、しかめ面をする。少し前のめりになるだけで、頭から腰まである大きなリュックサックいっぱいに詰まった温泉水の容器たちがのしかかってくる。マッキーも同じ状態であるが、彼は上背があり筋肉量が違うため、涼しげな顔をしている。

「何を当たり前のことを聞くのでありますか。春ノ郷の温泉水は若返りの水、もしくは忘却水として大変人気であります。魔性の強いものであれば、これを飲んで力をつけるようなのもいますから、喉から手が出るほど欲しがるのでありますよ」

「飲める程度に希釈された、自然なパンサラサの海水の入り混じった水は貴重なんだ。普通は、郷でも申請を出して認められた業者でもなければ売り出せないんだよ。特別に許可を出してくれたウツロギさんと郷長に感謝だね」

「魔性の強い人って、だいたい絶属界の住人だよね。ここにいるの?」

 マッキーが首を傾げる。

「いますよ。ここは悪魔にとって安心安全の社交場であり、格好の餌場でもありますから」

「俺は急に悪魔に襲われても戦えないからな。こんな重たいのを背負ってたら無理だ」

 ネルソンはぶつくさ言う。アルニは破顔した。

「心配いらないよ。客人であっても、見合わない要求をすれば誓約の珠が動く。自浄効果で相手の命が消えるさ」

「本当だろうな」

「間に合わなかったら、私が一撃くれてやるよ。誓約の珠に消されない程度にうまくやるから、安心して」

 飲み水提供用の紙コップを持たない方の手には、空櫂が握られている。自分のものより使い込まれた柄のツヤを眺め、うっかり俺の方に飛んできませんように、とネルソンは祈った。



 渡守たちは店という店、客という客をあたった。春ノ郷の温泉水が評判というのは本当で、そのうちネルソンたちが練り歩かなくとも客が寄ってくるようになった。彼らの前にはあっという間に長蛇の列ができた。客達には対価として、最近耳にした気になる取引の情報、もしくは黒髪の小柄な天ツ民の目撃情報を求めた。

「最近、大きい金剛石になりたいっていうお客が来てくれたんざますの」

 宝石店を営むという、漆黒ドレスの貴婦人は自慢した。

「千年売れてなかった妖術の手引書がやっと売れたんだ。永遠の命を手元に置くための方法について書かれたものだったよ。永遠を生きるものを手元に置くだけで、自分は不死になれないんだけどね」

 学者はにこにことしていた。

「絶滅しそうな言語を根こそぎ買い取っていった悪魔を見たよ。幻界群のあちこちで、またたくさんの民族が滅びるんだろうなあ」

 蓄音機人間が、頭部のラッパをかかげた。きっと遠い目をしているのだろう。

 灯共(ひと)、物の怪、悪魔、翼や牙や鱗を持つ者、根の脚を持つ者。様々な姿かたちを持つ客が来た。だがジャノメらしき天ツ民の情報はなく、虚神に関わりそうな取引はない。手ごたえは良くなかった。

 彼らは定期的に売り場所を変え、辛抱強くさまざまな客層との接触を図った。やっとそれらしき話がやって来たのは、一日が終わる頃だった。次の販売地に移動しようとする彼らのもとに、細い路地からするりと忍び寄ったものがいた。よれよれのスーツを着たガーゴイルだった。

「坊ちゃんがた、天ツ民のお嬢さんをお探しかね」

 ガーゴイルはマッキーの背負う温泉水のリュックサック──ネルソンのものはもうカラになっていた──を見て、舌なめずりをした。

「ワルいお嬢さんだね。ありゃあ脱獄囚なんてものじゃないよ。もっとワルいものだ」

 脱獄囚という情報は、ここに来てから出していない。やっと手がかりが来た。

 アルニが声を抑えて問いただす。

「どこで見ましたか」

 コップを差し出すと、ガーゴイルはすぐに受け取った。

「坊ちゃんがた、こんなイイ子の来る場所で探しちゃアいけねェよ。ワルい子が行くのは、裏通りに決まってる」

 やはりそうか、と四人は目配せをした。

 これだけ時間をかけて、それらしい情報が入らないのだ。例の準原種にしても寄生鬼(イクソス)にしても、いるならば裏通り──輪廻路を行く旅人や一般的な天ツ民の立ち入りを禁じられた、玄人向けの闇市ではないかと薄々察していたところだった。

「彼女はそこで何をしていましたか」

 クエンティンがコップに温泉水を継ぎ足してやる。ガーゴイルは満面に喜色を浮かべた。

「おっといいね、気前がいいね……取引サ。彼女も切符がいいよ。変わった通力を持ってる。味覚とか触覚じゃない。霊能の方サね。あの子が欲しがったものをあげると、いろいろしてくれる。翼がなくても飛べるようになる。自分をもう一人作ることもできる。使いこなせればすげェもんサ。使いこなせりゃアな!」

 ガーゴイルは引き笑いをした。

「おっと。ここじゃあ、これ以上の話は無理だ。あとは現地で頑張ってくれ。品行方正な渡守の坊ちゃんがたが、あそこに入れるかは別だが」

 くちばしを歪め、ガーゴイルは飛び立った。歓声をあげて夜の空へと消えていく。渡守たちは顔を合わせた。

「裏通りか。なるべく入りたくなかったが、仕方ない。行こう」

 アルニが言った途端、平(ひら)渡守たちは次々と口を開く。

「身ぐるみ剥がされないか」

「裏通りってどうやって入るの?」

「プラネテスはまだいるのでありましょうか」

「うん、全部心配だよね。一つずつ確認しよう」

 裏通りは、秋ノ市のどこかにあるらしい。明確な所在は分かっていない。この都市のどこかに裏通りへ通じる通行口があって、客も商売人もそれを利用して移動している。

 通行口は隣り合った空間を結ぶだけの、単純な扉ではない。隔絶された空間同士、つまり異界を繋ぐ窓だ。見ただけで通行可能と分かる形をしていないことが多い。

「通行口を見つけるだけならば、闇市の利用者を探し出してついていけばいいから単純だ。問題は、私たちカロンは裏通りへ立ち入るのを認めてもらうのが難しいということだな」

「なんで僕らは入れないんだい」

「知らないのでありますか。カロンには、周囲に保護義務が課されるのでありますよ」

 カロンは輪廻路や幻界間を自由に飛べる。その移動能力を求め、契約してみたいと考える者は多くいるのだ。それではカロンが渡守以外の仕事をするようになれば、幻界群の繋がりが崩壊する。したがって、原初の霊師たちはカロンを保護するようにと定めたのである。

「つまり、俺たちが裏通りにいるだけで秋ノ市には厄介事が増えかねない。だからカロン側を規制したんだ。立ち入るにはあらかじめ申請をして、都市の許可を得させるようにする。そうやって秋ノ市は、面倒な事件が起こるのを防いでる」

「今から申請して許可が出るのを待てば、プラネテスがどこかへ行ってしまう。正規の手続きを踏んでいる時間はない」

 アルニが腕を組む。

「プラネテスが裏通りから出てくるのを待ち伏せるというのはどうでありましょう」

「後ろめたいことをしている虚神もどきが、まっとうな通行口で出入りするか?」

 ネルソンは腰に手を当てた。

「俺らがやれることは一つだろ。通行口を、俺ら自身の手で作っちまうんだ」

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