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簡単だ。一般的な天ツ民ならともかく、渡守に問うにはやさしすぎる。
正義鬼たちは、きっと早く遊びを切り上げて狩りに入りたいのだ。下手に黙っていたら不解答とみなされて襲いかかってくる。正義鬼たちはその時々の欲に従い、様々にこじつけて我を通す。
クエンティンもそう考えたのだろう。驚いたようにまくし立てる。
「おやおや。これは簡単すぎやしませんか。小生はもっと手応えのある良問を期待していたのでありますが」
「自信がないだけじゃないのか」
「ございますとも! むしろ我々の方が詳しいでありますから、せっかくですので説明して差し上げます」
正義鬼の口が動く前に、間を空けず話しだす。
一人という表現が四回出ているのは、問われているものが四人の人物に関わる四つ一セットのものだからでしょう。四人と言えば隣暮四領の長、霊師たちであります。四霊師の管轄の元、各領はゴンドワナ崩壊時に喪失を免れた宝を一つずつ所持しているのであります。
一つ目は春ノ郷の浄玻璃の鏡。覗く者のこれまでを映し出します。見たままの姿が映し出されたならば心清き者、何か余計なものが入りこんでいるならば偽りある者、もしくはやましいことのある者とみなします。浄玻璃の鏡にはいかなる擬態も通用しません。真実の姿を暴く神器なのであります。
二つ目は夏ノ谷の叢雲剣。持ち主を栄えさせる神剣であります。活力を与える剣でありますが、与えられる力に耐えきれず自壊する者の方がおおいとか。ゆえに、この剣に触れた者、斬りつけられた者はまず死を迎えるとして恐れられている神器であります。
三つ目、秋ノ市の誓約の珠。珠の治める地に確かな調和をもたらします。正しい約束を結びつける者たちに祝福を授け、欺瞞を成す者には決して逃れられぬ罰を与えるそうです。珠は一度自身の膝元で契約をした者を忘れません。あの地で取引をする者は、誰もが誓約の珠と結びつきます。
四つ目、冬ノ島の覆盆。世にこれの実在を確かめた者はいないと噂される、幻の神器であります。なぜならば、この盃が覆るのを見た者はもれなく死ぬからです。どのような仕組みで死がもたらされるのか我々には知りようもなく、知る機会がないことを祈っておりますが、我らが不変の女王、島主様だけはきっと仕組みをご存知なのでありましょうな。島主様の御手によってなされたいくつかの幻界の滅亡は、かの盃のはたらきによるものだったという話もまことしやかに囁かれております。
「以上、隣暮四領の所持する神器が、問いの答えであります」
「正解だ」
甲高い声に唸る音が混じっている。不満そうだった。ちなみに、クエンティンが語る間に救援班はかなり接近してきており、とっくにポケットからは二本目の指を出していた。すでに、じきに到達の意を示す三本目の指を出せそうな距離まで来ている。
「この次に、その無駄に回る口を余計に動かしてみろ。頭から食ってやる」
「ことわりの虚神である正義鬼が暴力をほのめかす脅迫とは。珍しいこともありますなあ」
「三問目だ。簡単だというなら、これもさっさと答えてみせろ」
正義鬼は歯をむき出した。
「上は地獄、下は極楽。この世のすべてがあるが、住人は貧しい。これは何だ」
──もういいな。
後方一町。岩陰にカロンの気配が六つ。到着した救援班と、援護すべく準備していたマッキーとアルニが合流したのだ。
ネルソンは三本目の指をポケットにかけ、布地を二度叩く。クエンティンは答えた。
「答えは虚淵であります」
「正解だ」
つまらなそうな声だった。
「奥にいる友人たちを連れていかせてもらいたい」
「勝手にすればいい。ただし、我々は退かないがな」
正義鬼たちが口を大きく開いて前傾姿勢になる。その時にはすでに、後方から急接近した眩い光が彼らを照らしていた。
救援班がネルソンたちの前に撃ちこんだのは、七色に輝く薄い板だった。先頭の正義鬼に命中するなり、縦横に広がって半透明に輝くシャボンの膜を張る。膜の中を年輪に似た光の輪が泳ぐ。膜の向こう側の移ろいを止める、封印の門扉である。
門扉が渡守たちと正義鬼の間にできるなり、正義鬼たちは怒号をあげた。光の膜にガリガリの手がいくつも張りつくものの、破ることはできない。
クエンティンは救援班に叫んだ。
「待ってください。まだ中に先輩たちがいるのに」
「退路を保つためだ。巣にいる正義鬼が多すぎる。もう扉を固めはじめないと、我々も逃げきれなくなる」
坊主の班員が苦しい顔をする。クエンティンが食ってかかろうとした横を、アルニがすり抜けていった。手にした空櫂を振り回しながら光の膜へ突入する。まだ固まりきらない封印の門扉は、光の子である渡守の体だけをすり抜けさせる。膜に張りついていた正義鬼たちが、空櫂に引き裂かれ態勢を崩す。その後に続いたのはマッキーだ。彼は膜を通り抜ける寸前、ネルソンに言った。
「ネルソン! ついてきて。みんなを運び出す」
ネルソンはすぐさま続いた。膜を通り抜ける瞬間に耳がくぐもる。正義鬼たちの耳障りな声がはるか遠くから響くものに感じられる。
三人は突き進む。細い道はどこまでも直線にくだっていた。黄土色のはずの壁には白い糸がまんべんなく張ってあり、網目模様が刻まれている。先の暗がりから速度を落とさず飛びかかってくる正義鬼たちを、アルニは躊躇なく切り払い続けた。彼の動きには無駄がない。捕らえようとする腕という腕をうまく切り離し、虚神たちをわめくだけの肉団子にしてしまう。そうして動けなくなった者を弾き飛ばし、新たに襲いかかる敵の手にぶつけ、壁代わりにする。俊敏に敵の懐に飛びこみ、開いた口に櫂を突き入れて戦闘不能にしてしまう。実に手慣れていた。
アルニが敵を一手に引き受ける間に、マッキーとネルソンは立ち位置を交換した。ネルソンは囚われた者たちの気配を探り、マッキーは入り口から追いかけてきた個体に対処する。そうやって三町ほど進んだ頃だろうか。ネルソンは左手に渡守の気配を感じた。
「そこだ。そこに誰かいる」
「タイスさんたちだよ。探知機に反応がある。まだ生きてる」
与えられたという探知機を手に、マッキーが左手へ飛びこむ。細い枝道があった。入り口を正義鬼たちが固めている。
アルニとマッキーはすぐさま飛びかかり、正義鬼たちを次々と仕留めていく。奥の方に糸に絡めとられてぐったりとした小柄な人影が四つ見える。彼らに牙を立てようとする正義鬼がいた。ネルソンは手首に下げていた光環を投擲する。地面と水平に疾駆した光は、口を開けた正義鬼の頤を削いだ。
「タイスさん、バーサさん」
マッキーが同じ班を組む先輩二人に駆け寄る。アルニが他二人の糸を解いてやる。
「気を確かに。すぐに郷の湯殿に連れていく」
「急げ。扉ができあがる前に脱出するぞ」
ネルソンとアルニが一人ずつ、マッキーが残り二人を担いで走り出す。今度の並び順は逆で、マッキーが先頭を走りネルソン、アルニが後に続く。行く道に立ちふさがった正義鬼たちはあらかた行動不能にしたものの、巣窟の奥の方からやって来た正義鬼が先回りして待っていた。しかしそう数は多くなく、マッキーの力を込めた蹴りを食らい、壁の染みになった。ネルソンとアルニは、背後から湧いてくる蜘蛛の群れを光環、もしくは空櫂で威嚇しつつ後退する。やがて洞窟を塞ぐ光の膜が見え、マッキーが歓声を上げた。
「あと少しだよ!」
最後に立ちふさがった正義鬼を顔面から踏み倒す。まだ柔らかい光の膜を突き抜けて現れた大柄な渡守に、救援班はほっと息を吐き、すぐ救助者の応急処置に取りかかる。クエンティンは両肩にかつがれる先輩カロンにわあわあ言ってすがろうとし、意識をなくした彼らの耳から黒い血が垂れているのを見て慌てふためく。
一方、ネルソンとアルニは正義鬼の大群を押し止めつつ後退しているために、まだ出口よりやや距離があった。二人とも片手が塞がっているため、思うように虚神を引かせられないのだ。
「きりがないな。合図で逃げるぞ」
「分かった」
ネルソンの提案にアルニが頷く。どちらも額から汗を流していた。
「せーの!」
ネルソンが先に走り、アルニが手前にいる二頭を光環で牽制してから駆け出した。ネルソンが扉をくぐり抜ける。後から来たアルニも正義鬼に背中を殴りつけられながらも続いた。直後、扉が強い光を放った。柔らかな膜に光が満ちて硬くなる。もう正義鬼の姿は一つも見えなかった。
渡守たちは洞窟を抜け出し、二手に分かれた。救援班とマッキー、クエンティンは救助者の治療と付き添いのため春ノ郷へ、ネルソンとアルニはことの顛末を伝えるため大社へ行くことになった。
「先輩たちの意識が戻り、話を聞いても問題なさそうだったら色々聞いておきます」
「頼んだよ。でも私たちがするのは報告だけだから、用が済んだらすぐそっちに行けると思う」
空には緋色の中に紫の靄がかかっており、日暮れが迫っていた。救援班は一秒も惜しいと飛び立った。マッキーとクエンティンが遅れて飛んでいった。あっという間に小さくなる背中を見送り、ネルソンは言う。
「じゃあ、俺らも紅台地に向かうかね」
「ああ」
アルニが飛び上がった。その背中を見て、ぎょっとする。
白絣のシャツに、黒々とした模様が浮いている。
「待て。ちょっと待て」
ネルソンはそのまま飛ぼうとするシャツを掴み、引きずり下ろした。アルニは振り返らないまま、なんだと返した。
「なんだじゃねえよ。お前の背中やばいぞ」
「何が」
シャツをめくる。生白い背中に、小さな六つの穴が空いていた。穴の周辺には黒く歪んだ渦ができている。
「さっき正義鬼に殴られた時の傷か」
「放っておいても大丈夫だよ」
「そんなわけがあるか。顔色もひどいぞ」
逸らそうとする顔を無理やり覗きこんだ。血の気がなく、真っ青だ。何より、顔を隠そうとしていることが、彼が不調を自覚していることの証明だった。
「俺たちも春ノ郷に行こう」
ネルソンが言った途端、アルニは弾かれたように飛びだした。鉄砲玉のようにまっすぐ紅台地の方角を目指す。ネルソンは追いかける。
「待てって。なんで逃げるんだよ」
「私たちが報告しないで誰がするんだ」
「誰かやるだろ! 郷長に頼んで伝書鳩を飛ばしてもらったっていい。お前が治療されてる間、俺がやっとくから」
「私たちが報告した方が速い」
「何をそんな意地になって──おい、少しは速度緩めろ! 待てよ、話を聞け」
すでにアルニは先に進みすぎて、豆粒ほどの大きさになっている。ネルソンは決して手を抜いているわけではない。彼が速すぎるのだ。さすが駆けつけ係をやっているだけあって、飛行速度はネルソンの比ではなかった。
しかし、追いかけるうち、豆粒はみるみる高度を下げていく。まだ紅台地にはついていない。その手前の橙丘陵だ。
ひょろひょろと落ちていきはするが、距離はなかなか縮まらない。高度を下げても前進し続けているからか。
ネルソンは溜息をついた。




