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正義鬼は蜘蛛に似た胴体と灯共の手足を持つ中型の虚神である。種全体が幻界群の生物への強い害意を持ち、人里近くに罠を仕掛け、かかったものを殺して満足感を得る。群れを作って生活するのも集団での狩りも、正義鬼のほとんどがもと灯共であった頃の習性によるものだと言われている。灯共の理に沿った手法でかつての同族を殺すことから、隣暮の天ツ民は彼らを共喰いの人でなしと呼び、忌み嫌っていた。
「寄生鬼を探してたはずだよな。なんで正義鬼の巣に引っかかることになったんだ」
「まずは先輩たちを助けなくちゃ」
最初に救助の意欲を示したのはマッキーだった。他の三人も救助には前向きだ。しかし、巣窟の大きさとそこにいる正義鬼の数が、気安く現場に駆けつけるのをためらわせた。ネルソンが術を駆使して見た敵の巣窟は、自分たちが真っ向から乗りこんでいってどうにかなる規模ではなかった。
きっと、追跡班は本部に対してすでに救援要請を出しているだろう。カロンの光環による高速移動は、光の十分に射しこむ地でこそ真価を発揮する。洞窟のような暗い場所では速度が落ちるから、どれだけ速く黄金渓にたどり着いたとしても、洞窟に入ってからの移動に時間を取られる。ネルソンが水路を通じて読み取った洞窟の地形によると、複数ある入り口から仮に最短ルートをたどって追跡班の居場所へ向かったとしても、まずまずの時間がかかる。増援がたどり着く頃には良くて半壊、悪くて全員正義鬼の餌食だ。
「まともに突っこんでいったらダメだ。俺たちが追跡班と同じ状況になれば、状況がさらに悪化する」
ネルソンは櫂を使い、術で見た巣窟周辺の地図を地面に描く。
「巣の奥行きは全長五里。天井の高さはここと同じくらい。細かい枝道はあるがどこも水が湧いていて、俺たちが奇襲をかけられそうなちょうどいい抜け道はなさそうだった」
「罠を踏まないように正面から接近して、追跡班から注意を逸らして救援が来るまでの時間を稼ぐのが最善かな」とアルニ。
「正義鬼の狩りの習性をうまく利用できれば、あいつらの動きを長く止められるかもしれない」
正義鬼の狩りは言葉遊びから始まる。張り巡らせた糸の罠を踏んでしまった来訪者には、領域侵犯といういちゃもんをつけて襲いかかる。何もない近くを通りかかった者には、交流だといって謎かけをしてくる。うまく答えられないと、被害者の顔をして暴力を振るい出す。注意を引くならば、後者のやりかたがいい。罠の外から話しかけ、こちらから謎かけをするか、あちらから投げかけてくるよう誘うのだ。
「謎は、こちらが用意するならば程よく分かりづらいものがいいであります。逆に、あちらの謎かけの答えが分かっても、時間を稼ぐためにすぐ答えてはいけないであります」
クエンティンが挙手をする。
「自分が話しかけましょう。とにかく話して時間を引き延ばすであります」
「罠の位置と救援班の接近状況は俺が確認する」
「二人が正義鬼の注意を引きつけてくれている間に、私とマッキーで封印と救助の準備をしよう。救援班もきっと用意してくるだろうが、間に合わない場合に備えて、短い間でもいいから虚神の身動きを封じられるよう、準備をしておいた方がいい」
作戦を立てた四人は早急に問題の巣窟へと向かった。術の支度をするアルニたちと途中で別れ、ネルソンとクエンティンは巣の入り口へ通じる道をたどる。不浄訪問者たちの滞在していた鍾乳洞よりは地表に近いが、光はまったく射し込まない。それぞれ光環を明かりとして、慎重に道を観察する。特に、罠避けの役を買って出たネルソンは緊張していた。
正義鬼の罠は細い糸でできている。群れによって糸の張り方は異なり、種族全体に共通する作り方はない。とにかく目を凝らし、感覚を研ぎ澄ますしかない。
「正義鬼の罠の位置は、およそ巣の入り口から一、二町程度であると言われています」
「そろそろだな」
右のこめかみに、一瞬だが粘つくような錯覚を覚えた。ネルソンは片手をクエンティンの前へ出し、動きを止める。第六感は正しかった。今いる場所から三歩ほど進んだ先の天井付近に、細い糸でできた印がある。格子の両端が合わさっていて、目の形に似ていた。
「ここまでだ」
「先輩たちの声は聞こえませんね」
「かなり先に進んでしまったのかもしれない」
「なら、とにかく交渉を始めないといけませんな」
クエンティンは大きく息を吸った。
「あーそびーましょ!」
暗く湿り気を帯びた壁に何度も跳ね返され、こだまする。待つうちに、重みのある皮膚が岩に触れる、ひたひたという音が聞こえてきた。大勢の人間がこちらへ向かってきている。そんな印象の音だった。
行く手の闇で何かが蠢いた。光環の照らす範囲に、ひょろ長い手が現れた。骨と皮ばかりの灯共のものに似ている。だが腕は異様に長く、鉤爪の生えた六本指の手から直角に折れ曲がった肘までだけでも、渡守の身長より長い。この手が六本、光の下に表れた。すべてずんぐりと丸い胴体に繋がっている。胴の前面には鋭い牙をそなえた口が開いている。目鼻はない。これが共喰いの人でなしこと正義鬼の姿だった。
正義鬼はわらわらと現れた。腐った果実の匂いが鼻につく。耳鳴りがする。目鼻のない彼らは顔をあちこちに向け、超音波でこちらの位置を探っているのだ。クエンティンが口を開くと、すべての蜘蛛が一斉に彼の方へ体の前面を向けた。
「我々の同族を迎えに来ました。返していただきたい」
「君たちの同族は、我々の巣に勝手に侵入した。どうするかはこちらが決める」
先頭にいる一頭が甲高い声で答える。その後ろにいる正義鬼たちがそうだそうだと口々に唱える。クエンティンは肩をすくめた。
「我らの同族が急にお邪魔したことについては、友としてお詫び申し上げます。しかし、無礼を承知でお訊ねしますが、そもそもこの土地自体、貴殿らの正式な所有地なのでありますか? いや何」と、ここでクエンティンは抗議の声をあげようとする蜘蛛たちに声を張り上げる。
「というのも、我々の友人は他人の家に勝手に上がりこむような礼儀知らずではないはずなのでありますよ。谷長との契約はお済みでありますか。住民票は?」
「ここは天ツ民だけの土地ではない。すべての土地はすべての民に等しく開かれている」
「ほう。その理屈に則るならば、貴殿らの家についても同じことが言えるのではありませんか。すべての民に開かれた土地ならば、我らの同族を、たった一度の侵入で貴殿らの所有物とみなすのは横暴であります。理にかなっていない」
正義鬼たちは沈黙した。クエンティンを遊び相手、狩るべき獲物として認めたのだ。また耳鳴りがして、止む。おそらく遠方にいる仲間に、今のやりとりを伝えたのである。これで追跡班が謎かけ中に死ぬことはないはずだ。正義鬼はあげ足取りだが、獲物として認めた相手を狩るまでの約束は守る。
──これで、時間を稼ぐための準備が整った。
ネルソンは手を握りしめる。ここからはクエンティン次第である。
先頭の正義鬼が問う。
「何して遊ぶ?」
「謎かけをしましょう」
「三回勝負だ。三問解けたらお前の勝ち。一問以上不正解があれば我の勝ちだ。出題は我がする」
「いいですよ」
一問目。
正義鬼が問いかける。
「あるところは青。あるところは黄色。あるところは緑。あるところは赤。あるところはごちゃまぜ。何だ」
正義鬼の出す謎は、彼らが人間であった頃のロスト・ゴンドワナにあるものから生まれる。目の前のものの体格はそう大きくないから、ここ五百年ほどに生まれた個体だろう。それほど大きな異変が発生していないから、認識の齟齬は起きないはずだ。
「ヒントは与えられないのでありますか?」
「与えてもいいが、全部で一問一回だけだ」
「それは不十分であります。だんだん難しくなるのですから、質問回数の持ち越しを要求します」
「次の一問まで持ち越ししていいものとしよう。さて。もう解けたか?」
「解答制限時間はありませんよね」
「お前は喋ってばかりで、考えているように見えん。考えないなら不正解とみなす」
「考えていますよ。小生は案内番。話しながらの方が頭が回るのであります。決めつけないでいただきたい」
話しながら、クエンティンは横目でネルソンをうかがう。ネルソンはズボンのポケットに突っこんだ両手のうち、クエンティンに近い方の小指を一本出してみせた。渡守が近づいてきている合図である。
パンサラサに通じる水に触れた影響により、今のネルソンの感覚は研ぎ澄まされていた。目を瞑らずとも、少し集中するだけで同胞の居場所を幻視することができる。
──最短の経路をたどっているようだ。
救援班の腕章をつけた四人組が、光環に蓄えた力を駆使して狭い通路を疾駆している。あと十五分以内には到着するだろう。これといって会話したことはないが、見たことのある顔触れだ。坊主頭、ひっつめ髪、ひょろ長いの、丸っこいの。背負った盾とバズーカから察するに、導具による巣窟丸ごとの封印で対処する気らしい。妥当な判断だ。正義鬼とまともにやり合えば、人員と時間ばかり取られてしまう。
「律属界の空であります」
「正解」
正義鬼は淡々と答えた。
「二問目。一人はお前の正体を知っている。一人は腕がいいが我の強い教師。一人はどこまでもお前についていく。一人は見たら終わり。これは何だ」




