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最初に気づいたのは配下の不浄訪問者たちだった。周りに見える骸骨姿が少ない。違和感を覚えて見回した時には遅かった。低い姿勢で忍び寄った黒い影が、空櫂を地面すれすれに回して足首の骨を薙ぐ。足のばらけた者たちはすぐに起き上がれず、自分の足を探して這いまわる。クエンティンを捕らえた骸骨が彼を盾にしようとするが、その前に飛んできた大腿骨が眼窩に突き刺さり、頭蓋骨を吹き飛ばしてしまった。
「俺の頭、頭」
捕らえた渡守を離し、よたよたと頭を探しにいく。その間に侵入者はクエンティンを背後に庇い、包囲する骸骨たちを洗練された棒術の所作で次々とのしていく。
仲間を気にかけていたマッキーが、ネルソンが、やっと侵入者に気づく。マッキーの顔が明るくなる。
「アルニさん!」
上級渡守は、ついに大柄な仲間が相手している者以外のすべてをなぎ倒してしまった。鍾乳洞は、自分の骨を探して這いつくばる骸骨だらけになる。アルニは彼らの頭上に光環を投げた。たちまち半球状の光の結界が展開し、誰もそこから出て来られないようになる。
渡守たちは、ただ一人五体の無事に残った首領の前へ進み出た。アルニは三十体あまりの不浄訪問者を相手取ったにも関わらず、黒髪はさらりとしたままで、汗をかいた様子すらなかった。
「こんにちは、お飾り団のベコウ団長。私は上級渡守のアルニ。わざわざこんなに深い谷の地下で、同胞をもてなしてくださったこと、感謝いたします」
「いや、感謝されるようなことは」
ベコウの乾いた頭蓋骨の表面に、湧き出ないはずの汗が伝う。
アルニはマッキーを呼んだ。
「あの石筍を一本取ってきてくれるかな」
指し示したのは、ネルソンたちはおろか、ベコウよりも大きな石筍だった。太さは夏ノ谷紅台地にあるちょっとした鉄塔に匹敵する。
「いいよ」
大柄な渡守は快諾し、彼の示した石筍に両腕を巻きつけると、大して力まずに根元から折り取った。そのまま抱えてアルニの隣へと戻ってくる。アルニは彼の石筍に触れ、ベコウに笑みを差し向ける。
「それ以上光環がほしいと言ってみなさい。次はあの船のすべてのマストがこうなります。おまけとして、甲板にこれを突き刺してあげましょう。そうされたくなければ、私達を見逃すように。これは提案でなくて、宣告です」
「勘弁してくれ」
ベコウは歯をかたかたと鳴らしていた。
「船は俺たちの命なんだ。カロンの光環は諦める。骨の一かけらくらいならやる。だから、船だけは許してくれ」
「骨の欠片はいりませんが、一つ、教えなさい。あなたたちの星が奪われたのはいつ、どの海域でのことでしたか」
「ああ? なんでそんなことを」
ベコウは訝しむ声を出しかけたが、アルニが石筍をなでると慌てて答えた。
「ここの暦で言うなら、今から一ヶ月くらい前だ。ハナムケ海流とニニギ海流の周辺を通った時になくなっていることが多かった」
「偽りはないな」
「お飾り団は骨の髄までまっすぐ、堂々とかっこよく、が信条だ。俺の船に賭けていい」
アルニは頷き、宝箱を抱えたままのネルソンに手を差し出す。
「その宝箱を渡して。彼らに返そう」
「いいのかよ」
「信頼できる情報をくれた謝礼だよ。私たちがそれを持っていても始末に困るだけだから」
ネルソンは宝箱を渡した。アルニはそれをベコウの手に握らせてやり、マッキーの持つ石筍を指さした。
「その石筍もあげましょう。パンサラサの水に侵食されてできた石です。奪われた分の星の量には届かないでしょうが、ここから出ていくには十分な量のエネルギー源になるでしょう。燃料にしてください」
「本当に見逃してくれるのか」
「ええ。ここで起きたことについては、永らえの島に持ち帰りますけどね」
アルニは微笑んだ。
「お飾り団は輪廻から外れていますが、コレクションを入手するために魂を傷つけたことはないと聞いています。その信条のまっすぐさと調査への協力に免じて、特別に見逃します。しかし、次はありません。もう渡守に手を出さないように」
「分かった! 情けをかけてもらったこと、忘れねえよ」
ベコウは宝箱を大事そうに抱え、立ち上がった。
「物わかりのいい首領に恵まれて、彼らも幸せですね」
アルニが光環の拘束を解く。骸骨たちはしばらく自分の骨を探し、重い石筍を船に運び込むのに四苦八苦した。やがて船は骨という骨を詰みこみ、出航した。船は水底に沈んでいく。すぐに見えなくなった。
はじめに溜め息を吐いたのは誰だっただろう。ネルソンたち、さらわれた三人のうちの誰かだったのは確かである。クエンティンがへたりこみ、ネルソンは足を投げ出して座る。マッキーはアルニの手を取り、額をこすりつけんばかりに頭を下げている。そんな彼らを見て、アルニは笑っていた。
「偵察から戻ってきたら、君たちが連行されていくところだったから、あとをつけてチャンスを窺っていたんだ。ずいぶんあっさり連れて行かれていたね。無益な戦いをするなとは言われるけど、もう少し抵抗したって良かったんだよ」
「すみません」
「ご迷惑をおかけしました」
マッキーとクエンティンが素直に謝る。ネルソンは首を横に振る。
「みんながあんたみたいな仕事が得意だと思うなよ。普通、空櫂は転生者を乗せる舟を漕ぐ時、光環は移動する時しか使わないだろ」
渡守の宝具は、おおよそ輪廻転生を助ける仕事に使うものである。宝具の使用には通力を駆使する必要があるため、安易には扱えない。それをたやすく振り回し、カロンより大きい不浄訪問者を殴り倒せるのだ。アルニの通力の豊かさが分かる。
「慣れれば誰だって使えるようになるよ。君の残視の術と一緒」
「本当かね」
「もちろん」
ネルソンが疑わしげな声をあげるも、アルニは構わず洞の奥にある水路を指さした。
「それはそうと、ここは君の残視の術を使うのに適した、邪魔の入りづらい環境じゃないか? 探知すべき呼水に通じる水辺もある。この場所ならば、谷にいる呼水に触れる者を正確に見ることができるんじゃないかと思うけど、どう考える?」
「あんたの言う通りだ。やってみるから待ってろ」
ネルソンは腰を上げ、水面に向かって導具を出す。彼が呼水の動きに集中する間、クエンティンは小声でアルニに問いかける。
「さっき、不浄訪問者に妙なことを聞いていましたな」
「ああ。星を奪われた場所のこと?」
「なぜ、あんなことを聞いたんです」
「パンサラサでは、物を動かすための力なんていらないからだよ」
混沌の海は、いつでも幻界群より流れこんだ余剰の力や生命の名残りが押し合いへし合いしている。その力のぶつかり合いが作る流れは海流と呼ばれ、あの海を生きる幻獣や虚神、海を渡る者らの道の役割を果たしている。
「あの場所では、移動に星を使う必要なんてない。流れに身を任せればいいだけだからね。星を使うのは、さっきのお飾り団みたいな、船を使って身を守る必要のある者だけだ。それなのに、どうして虚神が文明の力を求めて奪うんだろう」
あの海で気づかれずに星を奪うのは、一介の航海者にはできない。虚神の仕業と見て間違いない。それも、活動を気づかれないほど小さな虚神だ。
マッキーが身を乗り出す。
「まさか、これも例の寄生鬼の仕業なのか」
「また分からないけれど、つながりがあってもおかしくないと思う」
「小生も同意であります」と、クエンティンが表情を曇らせる。
「あの訪問者の口にした二つの海流は、どちらも秋ノ市の運河に通じる海流の名でありました。どうも、嫌な想像をさせられます」
「どんな想像?」
それは、とクエンティンが答えようとした時だった。水面に向き合っていたネルソンが振り向き、声をあげた。
「その話は後にしろ。急ぎで対処しないといけないことができた」
「何か見えたんだね?」
アルニが問う。ネルソンは硬い表情で答えた。
「ここからそう離れていない洞窟の中に、かなりでかい正義鬼の巣がある。今、それに先輩たち寄生鬼追跡班が引っ掛けられた──あのままだと、本部からの助けが来る前に全滅する」




