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お飾り団は渡守三人を縛り上げた。目隠しをし、手を縄でつないで歩くよう強制する。
──見えないようにしたということは、道を覚えられたくないのか。
拠点に連れていくつもりなのだろう。途中、靴底の踏み締める感覚が砂利から柔らかな草に変わり、さらに硬くなった。ちょうどその頃合いで、しゃれこうべたちの骨の音や靴音がこもる。洞窟に入ったのだろう。川を離れ、草地に囲まれた洞窟。硬い岩盤でできている。
視界は閉ざされているが、他の感覚は無事だ。ネルソンは耳を澄ませ、自分の歩数と方向転換の回数を記憶する。やがて、歩みが止まった。目隠しを外される。大きな鍾乳洞に連れて来られていた。天井は高く、鋭利な石筍が罠のように垂れさがっている。空は見えない。歩いてきた足の裏がずっと爪先が下を向いていたから、かなりの地下に違いない。奥の方には青々とした水が湧いており、おどろおどろしい巨大な船が一隻停泊していた。ほとんど動かない空気の中に、仄かに甘ったるい混沌の潮の香りが滞留している。
ネルソンたちの正面には座椅子があった。背丈の大きい骸骨が腰かけている。全身飾り物だらけである。頭には大きさと色のバラバラな鳥の羽飾り。上体には首飾りを五重にかけ、天鵞絨のマントを羽織っている。腰には獣の皮。腕に黄金のバングル。足にブーツ。見回す限り、骸骨たちの中でここまで五体全てを飾り付けている者はいなかった。装飾品の多さが身分と比例しており、彼がこの集団の長であるのは一目瞭然だった。
「渡守諸君。ようこそ我らがあばら家へ。私はお飾り団の首領、ベコウという」
肉声と異なる、遠くから響いてくるような声である。魄体のない者に特有の、魂波による発声法だった。
「僕たちに何の用ですか」
「そう身構えなくてもいい。君たち渡守にとってはささやかなことだ」
本当にささやかな用事ならば、もっと人数を減らしていてもいいだろう。
ネルソンたちは、すっかり骸骨に囲まれていた。地上で見た時よりさらに十かそこら、数が増えている。全員歯を剥き出しにした不気味な笑みを浮かべ──骸骨というのは得てしてそうだが──無力な渡守三体をねめつける。
首領ベコウは立ち上がり、うやうやしく頭を下げる。
「自由渡航者の中には幻界群間を自在に移動する君たちを敵視する者もいるが、我々は違う。俺たちは渡守に敬意を持っている。君たちは平和を愛し、無益な血を流さない。いつだってパンゲア幻界群の維持のために身を粉にして働いている。ロスト・ゴンドワナを見渡して、君たちほど健気で献身的な魂魄体はいないだろう。カロン族こそは、悠久の魂を与えられるに相応しい種族だ」
──褒めそやしすぎて怪しい。
ネルソンは警戒を強める。時に、とベコウは指をさす。
「そんな君たちを見込んで協力してもらいたい。その光環をひとつ譲ってくれないか」
「それは無理です」
マッキーが戸惑った声をあげた。
「なぜだ。手首に四本もつけているじゃないか」
「光環は持ち主であるカロンの通力に応じて発動するものですから」
隣暮ではロスト・ゴンドワナの魂が発揮する、他のものに作用する力を、二種に分類している。導力と通力である。簡潔に言いあらわすならば、導力は他の者から借り受けた力、通力は本人の持つ力だ。
導力は幻獣など、強力な通力を持つ者と契約することで発揮できる。松明の手の火導力もその一種で、松明の手たちは夏ノ谷の幻獣たちに認められた谷長との契約によって力を得ている。
一方、通力は本人の持つ魂魄体の力や性質に依存する。種類が豊富で、物質依存で発揮されるものから魂のみで発動するもの、魂と魄の両方を必要とする絶妙な条件から振るわれる通力もある。ネルソンの霊界を見通す視力、マッキーの筋力もこの仲間だ。
渡守の持つ宝具は、どれもカロン族の生まれ持つ通力でないと働かない。宝具だけ手に入れたところで、置き場を圧迫するだけである。
「そういうことか。だから、闇市場まで探してもカロンの光環が見つからなかったんだな」
ベコウは何度もしゃれこうべを縦に振る。クエンティンが縄で縛られた手首を差し出す。
「承知してくださいましたね? ならば解放してください。小生らには、果たさなければならないカロンの務めがあるのであります」
「そういうわけにもいかない」
「なにゆえです」
「最近、俺たちの船を飾る星がよく盗まれるんだ。誰が盗んでいるのかは分からないが、パンサラサ航海中に出くわす何かしらの虚神であるのは間違いない。聞くところによると、渡守の宝具には虚神避けの効果があるそうじゃないか。あんたらどうせ長い時間を生きるんだから、一人くらい乗船してくれないか」
「承服しかねます」とクエンティンは首を横に振った。
「カロンは定期的に永らえの島に帰り、島の樹々の呼気を浴びなければ、衰弱していくのであります。仮に貴殿らの家に乗船し、定期的に島へ向かってもらうことになれば、仲間が貴殿らを捕縛するでしょう」
「島には行かない。衰弱の何が問題なんだ」
ベコウは両手を広げ、己の骨だけの体をひけらかす。
「俺らみたいになればいいじゃないか」
「カロンは命を落とせばカロンでなくなるのです。不浄訪問者になります。そうなったら、ご希望の虚神避けもできません」
「不浄だって? 俺たちを不浄と呼んだのか」
ベコウが叫んだ。
「俺たちは自由渡航者だ。俺たちだって水浴びくらいする。香だって焚く。ほれ。この香りが分かるか。とっておきの香だぞ」
天鵞絨のマントが翻る。あばら骨が明らかになった。それからやや遅れて、白檀の香りが漂ってくる。
「天系界に永住する天女が作ったというものだ。手に入れるのに苦労したんだぞ。仕入れ人に、全系統界で手に入れた財宝を一つずつ差し出す羽目になった。だが満足だ」
「本物なのか?」
「もちろん。振りかけると痛いんだからな」
ベコウは肘掛のそばにある小さな宝箱から銀細工の香水瓶を取り出し、己に吹きかけた。桃色の霞が骨身に触れ、ベコウは全身をかたかたと鳴らす。
「おお、痛い。これだ。これが洒落者の傷みよ。オシャレは体を痛めつけてこそ、だ」
「それができるなら、輪廻路で転生すりゃあいいのに」
ネルソンは呟いた。
「しかし、言われてみればそうだな。カロンでなくなったら虚神避けができないというのは、目的から外れている」
ベコウは腕組みをして唸りだした。
「でも、カロンの光環がどうしても欲しいんだよなあ。欲しいったら欲しい。もうそれ以外考えられん。効果を発揮しなくてもいいから光環をくれ」
めちゃくちゃだ。ネルソンはげんなりした。論理性と共感性に欠ける一点張りの主張は、不浄訪問者にしばしば見られる傾向の一つだった。彼らは何かしらにこだわると、いつまでも執着する癖がある。
──なんとかしないと、本当に俺たち全員が船の飾りになっちまう。
ネルソンは骸骨の背後に見える黒々とした船に飾られる自分たちを想像した。船首に一人、マストに二人。骨になるまでパンサラサの海に晒される。ぞっとしない未来である。
「宝具は渡せません。諦めてください」
クエンティンの返事を聞いた骸骨たちが、一斉に首領の方を見る。
「どうしますか」
「仕方ない。このまま船に詰め」
「そうはいくか!」
マッキーが手首に巻きついた縄を力任せに引きちぎった。どよめく骸骨たちを手当たり次第に殴りつけ、投げ飛ばしていく。クエンティンが叫ぶ。
「マッキー。小生らの縄も解いてください」
「今は無理!」
偃月刀を手にした骸骨が迫ってくるのをかわしながら、マッキーが返事をする。そこへ思い思いの武器を手にした骸骨たちが迫っていく。
こうしてはいられない。ネルソンは自分の手を縛る縄を、近くに倒れこんだ骸骨の歯に押し当てて切った。途端に自分を捕まえようと伸びてくる手を掻い潜り、騒ぎを眺めているベコウのそばにある宝箱へ行き着く。持てる限りの敏捷さを発揮して宝箱を奪い取った。
「待った」
場の全員に見えるよう、ネルソンは奪った宝箱を掲げた。中には先ほどベコウの使った香水や宝石、金細工などが入っている。
「この宝がどうなってもいいのか」
骸骨たちが動きを止めた。瞳代わりの空洞のすべてが、首領であるベコウのもとへ向かう。ベコウはネルソンと宝箱とを見比べ、言った。
「今はカロンの光環の方が欲しいな」
一度止まった骨の手が何本も、渡守たちへ伸びる。マッキーが取り押さえようとする骨を殴る。縄を抜けたクエンティンが首根っこを掴まれる。ネルソンは宝箱を持ったまま後ずさり、足首を背後に倒れていた骸骨に捕らえられる。
それぞれがもがく中、忍びこんだ異変は静かに始まっていた。




