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世界から溢れ落ちたのらしい。原因は知らない。誰からも捨てられているものだと思った、だから拾った、私と一緒だと思った、というのがあなたの言い分だった。
「私たちは捨てられたのよ。真面目に、地道にやってるのに、いらないって言われて放っておかれているの。そんなのはおかしいでしょう。あなたは捨てられたものも拾える優しさを持った、世界を正しく導く、いい子になってね」
あなたは事あるごとにそう言った。
あなたは優しい子だから。きっと今に私たちを救うでしょう。
「期待してるからね」
あなたの腕が頭を撫でる。あなたは寄りかかって欲しがっていた。腕は細く、頭を預けるには心許ない。力を加減して、預けるふりをした。あなたは私を信じきるようなそぶりをしていた。
*
夏ノ谷の長は紅台地の中心部、大社にいることが多い。光環で移動した夏ノ谷中心地、松明の手の鍛錬場よりすぐ見える、天高くそびえ立つ鉄骨タワーが目当ての建物だった。鳥居を幾何学的に組み合わせ、頭に鉄塔を生やした外観は、とても祈祷場とは思えない。谷長は呪術師なのである。
隣暮四領の長は四霊師と称され、それぞれ別の役割を担っている。たとえば、春ノ郷の霊師こと郷長の高砂は、癒術に精通する学者として、研究や治療に励んでいる。夏ノ谷の谷長は採掘資源である星を隣暮に招くべく、空を読み託宣をする呪術師だ。そうやってそれぞれの領分を全うし、他の領を支え、支えられながら隣暮を保っている。隣暮が保たれれば輪廻転生が滞りなく行われ、ロスト・ゴンドワナ全体が維持される。霊師は要なのだ。
霊師となる人物は、各領に棲む幻獣に見出される。基準は分かっていない。生粋の天ツ民のこともあれば、葦原民より解脱した流入者のこともある。夏ノ谷長は冬ノ島主の次に古く、パンサラサによる侵食の激しい谷をよく治めている人物だった。
大社入り口を固める松明の手にアルニが光環を差し出し、通る。中は吹き抜けで広い。外観と同じ暗い錫色の壁面ばかりと予想していたがそうでもなく、組み合わさった鳥居の口の部分が窓になっていて、そこここから外が見えた。紅の大地に濃淡様々の鉱石が咲く景色を、大小の額縁で透かしみるような、個性的な玄関口だった。
昇降機で最上階にのぼる。男が二人いた。一人は春ノ郷長の高砂である。もう一人は日に焼けて隆々とした体の男。こちらが夏ノ谷長だったはずだ、とネルソンは思い出す。
谷長の部屋は四方に広がる谷、明度彩度を変えながら広がっていく大地を見渡せる、窓がちの部屋だった。春ノ郷長の執務室のような書架の群れや調度はない。谷の各地で採れたのだろう鉱石が秩序立てて陳列してあり、中央には巨大な御幣、鏡が据えてある。呪術師の祈祷室らしい装いだった。
谷長は、やって来た者らを両腕を広げて迎えた。
「小さな友人がこれだけここへやって来るのは珍しい。ようこそ、俺は谷長の凱風という」
「私は上級渡守のアルニ。こちらは同じく渡守のマッキー、クエンティン、ネルソンです」
アルニが代表して紹介する。
「春ノ郷の番頭長より、お二人へ伝言を預かって参りました」
事の次第を説明する。詳しく聞くにつれ、笑みをたたえていた長たちの表情は真剣なものへと変わっていった。
「ありがとう。私は急ぎ郷に戻るとしよう」
「騒ぎが落ち着くまで、何かあったら伝書鳩を飛ばせ。俺もそうする」
「分かった」
高砂は昇降機に乗り、祈祷室を出ていった。
「さて。渡守諸君はどうしてここまで来たんだ。ただの伝言に、韋駄天のお前たちが四人も駆り出されないだろう」
「私たちは研修中なんです」
「なるほど。大変な時にご苦労様」
谷長は労わりか、目もとをやわらげた。
「どこでどう過ごしてもらっても結構だが、紅台地からは出ない方がいい。今は海が活発化している」
夏ノ谷の、外へと広がる雄大な領地の果てには、パンサラサに触れる地が存在する。パンサラサに触れていれば、余計な者たちが入りこんでくる。それでも他の領のように防壁を作らないのは、採掘にパンサラサが不可欠だからだ。栄養分豊かな海が触れるからこそ、星のような資源が枯れることなく湧いてくる。そのために夏ノ谷は民を領地の中心である紅台地に集め、大地の周囲を強固な壁で守っている。
「虚神が侵入してきたのも、海の影響を受けているせいかもしれない。渡守とはいえ、影響を受ける可能性はないわけではないだろう。壁の外には極力出ないよう、気をつけるんだぞ」
大社を出る。鳥居の集合体が十二分に遠ざかったことを確認した後、ネルソンが呟く。
「命がかかっていなければ、俺たちだって行かないんだけどな」
「行かないわけにはいかないよね」
マッキーが苦笑する。
「なんとしても虚神を呼ぶ者の正体を確かめなくちゃ」
「どうやって動向を探る?」
「博士の発明品の出番ではありませんか」
「あれは呼水の動きを拾うんだろ。海が活発化してるなら、反応がわんさか出て絞り切れないじゃないか」
「やってみないと分からないよ。意外と、めあての反応がすぐ見つかるかもしれない」
「そうであります。物は試しであります」
マッキーとクエンティンは乗り気だった。発明品を使う様子が見たいだけなのではないだろうか。しかし、試さないうちに決めつけるのも、と考え、ネルソンは預かった振り子を手に取る。
形見分けは静かなところで行った方がいい。彼らは飛び立ち、紅台地の各所にたたずむ、背の高い鉄塔の上に立つ。無人の見張り台からは、台地の街が一望できる。
ネルソンはあぐらをかく。振り子をかかげて目をつむる。指先に触れる糸の揺れは琥珀の動きだ。そこに神経を集中させる。
揺れが大気を揺るがす。空気はどこまでも続き、台地のそとへ風となって流れる。その流れへ、ネルソンの意識が溶けていく。
風はやがて微細な水の気配に触れる。その水は音を立てず、目にも映らない。そのようでありながら、すべてのものの大地と言わず、草花や空の存在に触れている。すべての命の源から流れ、終わる時には誘う水脈である。ゆえに、呼水と称される。
紅台地の呼水に動きはない。外を見る。橙丘陵、何もなし。黄金渓、三つの揺らぎあり。大地の中に二点。槌の上に一点、窓枠座の下から舵座に向けて波紋を描く何者かが移動中。常盤山脈へ目を移せば、もっと水が盛んに動いている──その先は、見えない。遠すぎる。
ネルソンは術をやめた。目を開く。かかげていた振り子の琥珀は燦然と輝いていた。ネルソンの見つめる先で、光は静かに収まっていった。
見た内容を話す。三人の渡守は感嘆した。
「素晴らしいではありませんか!」
「ネルソンがいてくれてよかったよ」
「呼水の手がかりができたのは大きいね。これで絞りこみ方を工夫すれば、大幅に探索にかかる時間を短くできる」
アルニは彼方にかすむ黄金渓を指さす。
「虚神だけじゃなくて、虚神を追う人たちを追おう。今、夏ノ谷には虚神を追跡調査する特別班が来ていたはずだ。彼らのいる位置を参考に、怪しい呼水の痕跡を追えばいい」
「特別班には先輩がたがいたはずであります」
「どの先輩だよ」
「僕らと同じ輪廻講六班の、タイス先輩とバーサ先輩さ」
ネルソンは、生真面目な長髪の中級渡守と、おっとりした顔立ちの渡守を思い出した。彼らはこの二人と違って優秀なのだったか。だからこそこの二人を任されているのだろう、と余計なことを考える。
「その二人の居場所も、俺が探るのか」
「そのくらいなら僕らができるよ」
マッキーは腰の道具袋を漁り、布で作られた平面的な花のワッペンを取り出した。半円の素朴な花びらで囲まれたまんまるの芯に、レーダー探知機がついている。
「なにせ、我らは二人の居場所を知ることのできる導具を託されているのであります」
「へえ、そんなものがあったのか」
「僕らが迷子になるからって、お二人がプレゼントしてくださったんだ」
「かわいそうになあ」ネルソンは呟いた。
「仕事ができる奴には、また仕事が寄っていく。これはロスト・ゴンドワナ普遍の摂理だ」
「嫌味を言うんじゃないの。誰だって地続きなんだから。君はまさか、自分がいつだってタイスさんたちと同じ側にいるなんて思っていないだろうね」
アルニにたしなめられ、ネルソンは口笛を吹いた。
「おお。言うね」
「とにかく十分な導具もあるなら、向かってみて損はない。行ってみようか」




