先へ
王太子殿下の申し入れを受け入れるかどうかも重要だけれど、テセト王子のお屋敷に伺うことも重要だ。玉座の間をでてから急いで準備をしてテセト王子のお屋敷に向かった。第四夫人と話をしなくてはならない。
けれどいうことはもう決まっている。テセト王子は病気ではない。優しく聡い王子だ。見た目は関係ないということを伝えるだけだ。そう思って馬から降りると、お屋敷の中から使用人が出てきてくれた。馬の手綱を渡して、屋敷の中に入ると、前のような叫び声は聞こえなかった。
「よくきたねフューイ」
「こんにちは、テセト王子」
挨拶もそこそこに、テセト王子の自室に入らせてもらう。そこは綺麗に片付けられていた。そして、テーブルの上にはカップが三つ置かれていて、第四夫人が長椅子に座っている。
「ご機嫌はいかがですか」
そう言いながら第四夫人が座っている向かいの長椅子に腰掛ける。第四夫人はノロノロと視線を挙げると、私のことを見て、息をついた。
「あなたはテセトを治せなかったのね」
心底失望したという声音だった。絶望が滲んでいて、テセト王子はこの声を朝から聞いていたのかと思うとかわいそうになった。こんな暗い声を母親から聞かされれば嫌になるだろう。
「どこを治したいのですか」
「どこって、わかるでしょう」
「わかるのは、あなたがテセト王子のことを心から心配していることだけです」
第四夫人の下げていた視線が上がる。目がかち合うと、その瞳にみるみるうちに涙が溜まっていく。この方の心配はよくわかる。私が母親の立場ならいてもたってもいられないだろう。息子が頭のおかしい人間として周りに認知されるかもしれないと思うと気が狂いそうになる。
「なら、治してよ」
それは悲痛な声だった。でもその声に引きずられるわけにはいかない。
「でも治す必要はありません。王陛下も王太子殿下もテセト王子のことをよく理解していらっしゃいます」
「理解?」
不思議そうな声に、安心させるように微笑みかける。テセト王子に治療は必要ない。
「彼は優しく聡い王子です。王陛下も王太子殿下もそれをわかっています」
そう言うと、第四夫人は顔を覆った。顔を覆われてしまうと表情を窺うことはできない。
「母上、これからは公の場では正装をします」
テセト王子がそう言うと、第四夫人が顔を覆っていた手を外した。瞳からは涙が溢れている。テセト王子の言葉に喜ぶかと思っていたけれど、そうでもないみたいだ。
「どうして?」
出てきたのは疑問の言葉だった。テセト王子がどうして公の場では正装をすることにしたのか訊きたいのだ。この方も手放しでテセト王子のことを喜べるわけではないらしい。そこに複雑な親の気持ちが見えた。
「兄様の姿を見て、自分も頑張りたいと思いました」
「…」
「それでも、この格好をすぐに止めることはできません。でも母上に心配をかけないように頑張ります」
テセト王子がそう言って、第四夫人の流れていた涙が止まった。これでいいのだろうか、と思ってテセト王子を見ると私に微笑みかけてくれる。それに勇気をもらって、第四夫人を見ると、第四夫人もこくりと頷いてくれた。
「テセトが優しい子なのは知っています。でも、怖くて」
怖かったのはテセト王子が頭のおかしな人間として認知されてしまうことだろう。第四夫人も苦しんできたのだ。
「一方的なことを言ってごめんなさい」
消え入りそうな声でそう言った第四夫人はまた顔を両手で覆ってしまった。これて親子の関係が少しでもよくなるといい。テセト王子の顔を見るとテセト王子は優しく笑ってくれた。
「今日はありがとう」
「こちらこそありがとうございました」
「母上ともう少し話してみることにするよ」
「そうされた方がいいかもしれません」
テセト王子が私のことを屋敷の外まで送ってくれる。使用人から手綱を受け取り、馬の背に跨ると、テセト王子がカリカリと指先でほおをかいた。
「難しいものだね。自分の気持ちを人に伝えることは。母上に立ってこんなに難しい」
「そうですね。私もうまく伝える方法を模索中です」
人に、自分の気持ちを伝える。ただそれだけのことなのに、こんなにも難しい。私がそう言うと、テセト王子はふ、と笑った。
「フューイ、焦らなくていいと思うよ」
その言葉に今度は私が励まされる番だった。それに頷いてそれでは、と馬を歩かせ始める。しばらく馬を歩かせてから振り返ると、テセト王子はまだ手を振ってくれていた。




