友達
王太子殿下のそばにいてくれないかと言う言葉が夢にまで出てきた。それだけ私が気にしていると言うことなんだろう。なんだか眠った気がしない。眠った気がしないまま部屋で朝食をとり、出発の準備をして一階に降りた。一階に降りると、まだ王太子殿下とエルム様は来ておらず、テセト王子が馬のそばに立っていた。
「おはようございます」
「おはよう」
「よく眠れましたか」
「僕はね。あなたは違うみたいだ」
テセト王子が私を見てそう言って笑った。それに見透かされている気分になってマントで顔を隠す。話題を変えようと周囲を見渡した。
「王太子殿下とエルム様はまだ来ていらっしゃらないんですね」
「そうだね、僕たちが早すぎたかな」
テセト王子は気にした風でもなくそう言って、馬の腹をポンポンと叩いた。これから王都までは休まずに馬を走らせる予定になっている。一刻も早く王陛下に呪いが解けたことを報告するためだ。呪いが解けたことを報告すれば、王太子殿下は王陛下の跡を継いで、王になる。そこではた、と思い至った。王太子殿下の申し出を受けると言うことはすなわち王の伴侶になると言うことだ。序列で言うと、下の方だろうけれど。色々なことが制限されるんだろうな。
「悩んでいるみたいだね」
「…わかりますか」
「表情は見えないけど、雰囲気でね」
「…」
テセト王子の言葉に俯いてしまう。自分の足元を見ると、靴が汚れているのがわかった。靴は汚いし、マントも砂に汚れてしまっている。将来の王の伴侶としては汚すぎる。自分は王族の出でも、貴族の出でもない。それに加えて隣国から追放された身だ。周囲からなんと言われるかわかったものではない。いくら王太子殿下が気にするなと言っても、あの針の筵に座るような感覚にもうなりたくはなかった。ため息をついて、靴の汚れをとろうと足先を擦ったら余計に汚れた。
「恋とはそんなに良いものなのでしょうか。身分の差も気にしないでいられるほどのものでしょうか」
「…いいものなんじゃないかな。たくさんの人間がしている」
「そうですか」
たくさんの人間が恋をしている。市井には恋愛の小説が溢れているし、恋を題材にしたものは多い。恋占いという言葉もある。みんなが恋に悩んだり、困ったりしている。そしてはっと気づいた。私も恋に悩んでいる人間の一人なのかもしれない。たまに露店に出ている恋占いの店にでも行ってみようか。これからどうすればいいか何か啓示をもらえるかもしれない。
「…余計なお世話かもしれないけれど、これからどうするかはあなたが決めていいことだ」
「え?」
「どうしたいか、あなたが決めていいんだよ」
顔を上げてマントの下からテセト王子のことを見た。柔らかい笑顔をたたえるその王子に、私は恋占いに行くのはやめようと思った。これだけ私のことを尊重してくれる方がいるのだから、恋占いに自分の道を求めるのは失礼というものだ。
「テセト王子も、ご自分で決められていいんですよ」
「…」
「何をしたいか、何を着たいか。テセト王子が私のことを尊重してくれるように、私もテセト王子のことを尊重します」
そう言うとテセト王子の顔が泣きそうに歪んだ。どうして、と思ったけれど、とりあえずテセト王子がしてくれたように私も微笑んでおく。安心してくれるといいと思った。
「ありがとう。フューイ。僕たち友達になれるかな」
テセト王子の言葉に、こちらが驚く番だった。友達、というものがいた日々を思い出そうとしてなかなか思い出せないほど前のことだったことに気づいた。村では明日死ぬかもしれないというギリギリの日々だったし、ライアス王国で王太子殿下の婚約者をしている頃は、下にずっと見られていた。対等な友達、と思ってテセト王子を見る。
「嬉しいです。本当に」
「よかった。僕も嬉しい」
テセト王子が手を差し出してくれるのを、私はなんの迷いもなく握り返した。テセト王子の手は思っていたよりもカサカサしていて、思っていたよりも冷たかった。
「なぜ手を繋いでいるんだ」
その声に振り向くと、王太子殿下が驚いた表情で立っていた。私はテセト王子に向かって微笑んでから手を離す。
「友達になったんです」
「友達に?」
「はい」
テセト王子が王太子殿下に返事をする。馬が王太子殿下を見て、小さく鳴いた。エルム様が驚いた顔をするのを見て、私は笑ってしまっていた。




