それぞれ
王太子殿下の呪いが解かれたと言うことは、私が今までしていた治療は必要ないと言うことだ。祈るだけの時間が増えるけれど、私への信仰が女神ティアへの信仰につながるのなら、やはり街で医者でもやった方がいいかもしれない。
そう思って寝台でゴロリと寝返りを打った。魔法使いシュルベルの故郷を離れ、王陛下への報告が早い方がいいだろうと馬を走らせて、急ぎに急いで子爵邸まで戻ってきた。気になっているのは、テセト王子がほとんど喋らないことだ。
「何かあったのかな」
声に出してしまうくらいには気にしている。だけど私から声をかけることはなんとなくできていなかった。深い悩みに答えられる気がしない。でも、そのまま放っておいていいとも思えない。どうしようかな、と思いながら寝台から起き上がる。湯浴みができると言っていたから、湯浴みをさせてもらおうと廊下に出る。すると、ちょうど部屋から出てくるテセト王子と目があった。
「あ」
テセト王子は私を見て、眉尻を下げて笑った。やはり元気がないように見える。
「テセト王子、よかったら私の部屋で話しませんか」
「フューイの部屋で?これから何かするところだったんじゃないの?」
「大丈夫です。さあ」
そう言って部屋の中に促すと、テセト王子は部屋に入ってくれた。廊下を歩いていた侍女にお茶を頼んで、自分も部屋に入る。
暖炉の前の椅子に腰掛けたテセト王子の向かいに座った。
「どうしたの?」
「元気がないように見えます」
「…考え事をしてしまって」
「…」
続きを促すことはしない。テセト王子がしゃべりたいと思った時に話してくれればいい。テセト王子はそれからしばらく黙っていた。私も何も言わない。部屋の中には沈黙が満ちたけど、それは気まずい沈黙ではなかった。
そうしているうちにコンコン、と部屋の扉がノックされて侍女が部屋に入ってきた。テーブルにお茶のポットとカップが置かれて、侍女がお茶を注いでくれる。茶色の透き通った液体が、湯気を立てるのを見ていると、心が落ち着く気がした。
「花の匂いがするね」
「いい匂いですね」
「ああ」
テセト王子もそれは同じだったようで、カップを持つと表情が柔らかくなった。よかった、と思いながらカップを口に運ぶ。
「兄様は、自分で道を切り開いて、呪いを解いた」
「…」
「それどころか、子々孫々の呪いも解こうとしている」
そこでテセト王子は言葉を区切った。その表情が苦しそうで、私はカップをテーブルに置いた。
「それに対して僕は何もできていない。為すべきことは何も為せていないんだ」
テセト王子が絞り出すように言ったことに、私は何も返せなかった。テセト王子が何を苦しく思っているか、理解はできた。
「早く、死にたい、と思ってたんだ」
それは衝撃的な告白で、私は表情を変えないように努めるのが精一杯だった。それでも顔の一部は少し動いてしまったに違いない。
「美しいものが似合ううちに死にたいと思っていた。でもそれは全くの間違いだったと今日気づいた。自分が情けなくて仕方ない」
「…」
なんの慰めの言葉も持っていない。私はカップを手に取って紅茶を口に含んだ。頭がスッキリとする気がする。
「でも、テセト王子は優しく聡い方です。それに変わりはありません」
私がそう言うと、テセト王子がこちらを見た。視線がかち合う。苦しげな表情は変わっていない。
「私のことを慮ってくれました。そしてそれを行動に移すこともできます。情けないばかりの方ではありません」
「情けない、は否定しないんだね」
「否定できるほどのものを持っていません」
テセト王子の表情が少しだけ緩やかになった。そして笑ってくれた。それを見て安堵する。
「君は正直だね。それに救われるよ」
「ありがとうございます」
「ギリウス兄様とうまく行くように祈ってるよ」
テセト王子にそう言われて、私の持っていたカップが盛大に揺れる。どうして、ギリウス王子とのことを知っているんだ、とテセト王子を見ると、テセト王子はいたずらっ子のように笑っていた。
「ルリアート兄様は可哀想だけど、仕方ないね」
「…本当に恋なのでしょうか」
「え?」
「私がギリウス王子に思っていることは本当に恋なのでしょうか」
私がそう口にすると、テセト王子は目を見開いた後、ニンマリと笑った。その笑顔に余計に恥ずかしくなってしまう。
「それはゆっくり見極めればいいよ」
テセト王子が優しくそう言ってくれて、私は迷子の子どもになったような気分になった。




