女神ティア
目を開けると、そこには小さな女の子が立っていた。齢はまだ五、六歳くらいに見える。それでもシュルベルはそれが自分に力を与えてくれた女神だとすぐにわかって、跪いて両手を組んだ。
「私に、力を与えていただき、ありがとうございます。ですが、女神様、どうか私をカリアスの元へ戻してはいただけませんでしょうか」
「なりません」
女神は議論の余地はない、という返事だった。シュルベルは焦った。自分がいなければカリアスの呪いもその子どもの呪いも進んでしまうことになる。
呪いで二人とも死ぬことになる。
「女神様、どうかお願いします」
「その話を続けるようなら、カリアスの命をこの場で奪っても構わないのですよ」
そう言われて、シュルベルは口を閉じた。自分が今相対しているのは間違いなく神なのだ。神からすれば人間一人の命くらいどう言うものでもないだろう。シュルベルが黙ると女神は満足げに頷いた。
「私はまだ生まれたばかりの神です。あなたのことが気に入ったわ。私の庭で私の手伝いをしなさい」
女神の言葉にシュルベルは言葉を失う。女神は自分のことを召し上げた。カリアスの治癒はさせてはもらえないだろう。シュルベルは少し考えた後、頭を深く垂れた。
「女神様、どうか私の話をお聞きください。私のことを可哀想だと少しでも思ってくださるのなら」
「…いいわ」
「女神様の庭で一生懸命働きます。どうかカリアスに少しの慈悲をお与え下さらないでしょうか。私のことを可哀想だと思うのなら、どうか」
シュルベルの言葉を女神は無表情で聞いていた。それでも女神も自分の愛子の言葉を全く無視することもできなかった。
「どうしてそこまでカリアスを庇うの。あいつはあなたの献身を無碍にしたわ」
「…」
それにシュルベルはすぐに答えることができなかった。確かに自分はカリアスに献身してきたと言えるだろう。でも、それでカリアスの恩に報いたとはシュルベルは思えなかった。
「あの日、村の人たちを埋葬していたあの日、絶望の淵から救ってくれたことを、忘れることはできません」
シュルベルは顔を上げて女神にそう言った。シュルベルは自分自身が微笑んでいることがわかった。女神はシュルベルがそう言うと、腕を組んでため息をついた。
「わかったわ。魔王の呪いが続く限り、あなたへの感謝を知る子孫が出てきたら、その時は考えるわ」
「本当に、ありがとうございます」
それからシュルベルは神の庭で仕事をするようになった。仕事といっても、幼い女神の身の回りの世話だった。カリアスのことを見せてほしいとは頼めなかった。どうかカリアスが神への感謝を思い出し、自分のことを許してくれるようにと願っていた。でも、その願いはついぞ叶わなかった。
「シュルベル、面白いものが見れるよ」
女神に呼びかけられて、下界を除ける湖を覗くと、そこには魔王がいなくなった後、不浄の土地でどうにか暮らそうとする人間たちがいた。
「シュルベル、行って土地を浄化してあげなさい。神への祈りを知っている者たちよ」
「いいのですか?」
「少しくらいあなたがいなくても大丈夫よ」
そう言われて下界に降りて、土地を浄化して作ったのがライアス王国だ。ライアス王国の建国は楽しかった。周囲の人間はシュルベルに感謝してくれたし、シュルベルもアルルの建国を思い出して楽しかった。それでも心が晴れることはなくずっと心の中ではカリアスのことが気になっていた。
ライアス王国が軌道に乗ると、シュルベルは神の庭に帰った。そこには少し大きくなった女神がいた。
「あなたへの信仰は私への信仰になる。大きくなれたのはライアスの民のおかげね」
「そうですか」
「ライアスの民は私のことをティアと呼ぶでしょう。私はこれから女神ティアよ」
そういって胸を張った女神ティアは美しい少女へと成長していた。




