降りる
「恋をしているんだね」
その言葉の意味を理解して、息を飲んだ。
夕食を摂った後、テセト王子の元を訪ねた。テセト王子は快く迎え入れてくれて、そして私の話を一通り聞いた後、微笑んでそう言った。言われた私はその言葉の意味を理解して唐突に恥ずかしくなった。どう返事をすればいいのか、という相談の答えをもらえないまま、テセト王子の部屋を逃げるように退出した。
ギリウス王子への返事は心配をさせるといけないから、元気に帰ります、とだけ書いて送ってもらった。それから手紙はきていない。恋というものがどういうものなのかわからない。本当にこれが恋なのだろうか、と悶々としているうちに、魔法使いシュルベルの故郷についてしまった。
道中魔物に一度も襲われなかったのは僥倖だった。王太子殿下が言うには、魔物の出現も減っているのではないかと言うことだった。
「楽と、踊りだな」
「はい」
テセト王子が返事をして、馬から降りて横笛を取り出す。私も馬から降りてマントを脱いだ。踊りはリャト王子に見てもらって、完璧に仕上げた。部屋で何度か復習もしたからちゃんと踊れるはずだ。披露する場所は当然、大量の墓の前だった。
王太子殿下を見ると、王太子殿下も私のことを見て頷いた。
「それでは、始めましょうか」
テセト王子がそう言って、横笛の音が響き渡る。それに合わせて、体を動かす。どうか魔法使いシュルベルが降りてきてくれますように、と願いながら体を動かしていると、そこらに陽が差してくるのがわかった。これは、と思っていると、テセト王子の横笛が一際大きな音を奏でた。
「いい音ですね」
その音が終わると同時に聞こえた声は優しく、柔らかく、全てを包み込むような響きを持っていた。そして、驚いたことに女性の声だった。王太子殿下が片膝をつき、私もそれに倣って跪く。王太子殿下は何も言わない。テセト王子の方をチラリと見ると、テセト王子は横笛を片手で持ったまま固まっていた。
「お、恐れ多くも大魔法使いシュルベル様とお見受けいたします」
「ティアの愛子、ずっと見ていましたよ」
そう言われて、思わず顔を上げてしまう。そこには誰もいない。それでも声は響いている。
「シュルベル様」
「ティアはあなたの祈りに満足しています。だから、私が今日ここに降りることも許してくれました」
「もったいないお言葉です」
頭を垂れると、その頭に誰かの手が触れた気がした。
「訊きたいことがあるのでしょう」
「シュルベル様、どうか王太子殿下の呪いを解く方法を教えていただけませんか」
「…、そうですね」
そのためにここまで来たのですものね、と声が続けて響いた。その声には私たちに対しての慈愛が滲んでいるように聞こえた。
「呪いを解くことができるのは女神ティアだけです。まずは女神ティアに降りてきてもらうことが必要ですね」
「どうすれば降りてきていただけるでしょうか」
「そうですね、ティアの愛子。ティアはあなたのことを気に入っている。でも、勇者の子孫のことは、まだ、許していません」
その声は残念そうな響きを持っていた。仕方のないことだと割り切るような声音だ。どうして勇者カリアスは女神ティアの逆鱗に触れたのだろう。その怒りは何百年とたった今でも薄れていない。何をしたんだ、と思ってしまう。
「シュルベル様、女神ティアは何にお怒りなのでしょうか。許していただくことはできるのでしょうか」
「…」
私の問いかけに、魔法使いシュルベルは答えない。言葉を重ねようと口をひらこうとした時、王太子殿下が口を開いた。
「魔法使いシュルベル、お声を聞くことができて光栄です」
「ルリアート、あなたのことは幼い時からよく知っています。祈りを、私に捧げてくれましたね」
「魔法使いシュルベル、お願いです。俺はこの呪いを解きたい。どうしてカリアスが女神ティアの怒りを買ったのか教えていただけませんか。俺はちゃんと謝罪をしたい」
「…長い、話になります」
「お願いします」
そう言って魔法使いシュルベルが話し始めた物語は、私たちの知らない歴史だった。




