焦り
子爵の屋敷を出て、街道沿いに馬を歩かせ伯爵邸に泊まり、この順でいけば次は侯爵邸かな、と思っていると正解だった。どんどん屋敷が豪華になっている気がする。やっぱり貴族の位って大事だ、と思いながら侯爵邸に入ると、すぐに侍女が近寄ってきた。
「お手紙が届いております」
「私にですか」
「そうでございます」
紐で括られた手紙を受け取ると、王太子殿下がそれを覗き込んでくる。咄嗟に隠しながら王太子殿下を見た。
「見ないでください」
「誰からだ」
「…秘密です」
なんとなくギリウス王子と手紙でやりとりしていることを王太子殿下に知られたくなかった。茶化されそうだと言う理由が大きいかもしれない。テセト王子とエルム様はその手紙について何も言わず、案内された部屋の中で荷物を置いて、マントを脱いでからやっと手紙を開くことができた。
「無事に帰ってきてくれ、」
意外な文面に驚いてしまう。無事に帰ってきてくれ、なんて書きそうな人に思えない。署名を確認するとギリウス、と書かれていて、その短い文章を何度も読み直してしまう。無事に帰ってきてくれ、なんて、恋人に言う言葉みたいだ。
大きな寝台に後ろ向きのまま倒れ込む。寝台は私のことを柔らかく受け止めてくれた。なんだか胸が苦しくなって、手紙を握りしめる。なんだこの胸の苦しさは、と思いながら目を閉じる。旅で疲れたのかもしれない。
「なんて返そう」
この文面にはなんと返事をすればいいのだろう。検討もつかない。誰かに相談したい、と思った時に頭に浮かんだのはテセト王子だった。ギリウス王子と手紙のやりとりをしていることは伏せて、なんて返事をすればいいのかだけ相談に乗ってもらおう。そう決めて寝台から立ち上がる。テセト王子の部屋は向かいだったと思う。
念のため、手紙は寝台の枕の下に隠した。
マントを羽織らずに廊下に出て、向かいの部屋の扉をノックすると、中から声が聞こえた。その声が王太子殿下のもので驚いていると、中から扉が開かれた。
「どうした」
王太子殿下は驚いた顔をしていた。私も驚いたけれど、テセト王子と間違えたと言うわけにはいかない。
「治療を」
「ああ、そうか」
呪いの治療だと誤魔化すと、王太子殿下は疑わずに信じたようだった。部屋の中に招き入れられて、そのまま部屋に入る。王太子殿下の呪いは治癒の力を当てているうちに進行が遅くなってきている。以前は三日に一度、最低でも一週間に一度は当てなければいけなかったけれど、今はもう少し間をおいても大丈夫になっている。
長椅子に座った王太子殿下の隣に座って、服の上から力を当てた。
「呪いを見なくていいか」
「大丈夫です。また進んできたら教えてください」
そう言って立ち上がると、王太子殿下と目が合った。その瞳がゆらめいていて、私は目が逸らせなくなった。
「フューイ、呪いが解けても」
そこまで言った王太子殿下が口を閉じる。呪いが解けても、の続きはなんと言おうとしたのだろう。気になったけれど、気にしすぎない方がいい気がした。
「失礼します」
挨拶をして部屋を出ると、部屋の前にエルム様が立っていた。護衛だもんな、と思いながらお辞儀だけをして自分の部屋に入る。テセト王子の部屋は隣だったらしい。気が削がれてしまった。夕食をとった後にでも相談に行こう。そう決めて、枕の下に隠しておいたギリウス王子からの手紙を取り出す。
手紙を開いて、寝台に転がった。本当に、なんて返事をしようか。
焦れば焦るほど、焦れれば焦れるほど、自分の侍医だと称している彼女が遠くなってしまう気がしてルリアートはため息をついた。いつの間にか治療をしてもらうだけの存在ではなくなっていた彼女を憎からず思っているのは自分だけではないらしい。
呪いがある位置を服の上から押さえて、ルリアートは苦笑した。あの手紙はギリウスからのものだろうとルリアートは勘づいていた。でもそれがわかったところでどうしようもないこともルリアートはわかっていた。
二人で食事を摂る機会も、お茶をする機会もない。なんとかそばにおいておこうと動けば、フューイは戸惑った顔をするだけだ。頭を掻いて長椅子から立ち上がる。
呪いが解けてしまった後、彼女を自分のところに留める方法を、ルリアートは探していた。




