視線
森の中は鬱蒼とはしていなかった。光が降り注いでいて、気持ちよく感じる程度の風も吹いている。涼しいな、と思ってマントを脱ぐと、王太子殿下が振り返るのがわかった。
「一休みするか」
その声に馬を止めて、馬上から降りる。水でも飲もうと筒を取り出してから突き刺さってくる視線から逃れるように、テセト王子の陰にさりげなく隠れた。
王太子殿下の視線が突き刺さってくるように感じる。そんなふうに見ないでほしい、と言っても本人に自覚がないのかもしれないから言えない。男爵の屋敷で夕食を一緒に摂ることを断ってから、王太子殿下が私のことを見ている時間が増えた。明らかに増えたそれに、テセト王子が何か言いたげにしているのがわかる。
「フューイ」
「それにしても今日はいい天気ですね」
王太子殿下の言葉に被せるようにテセト王子がそう言った。助かった、と思ってしまった。何を言われるかわかったものではない。
「いい天気ですね」
「マントを脱ぎたくなる気持ちもわかるよ」
「ありがとうございます」
「兄様、子爵の屋敷まではあとどれくらいですか」
「…もう、あと少しだ」
「そうですか。それなら先を急ぎましょう。日没までまだあるとはいえ、何があるかわかりませんし」
「そうだな」
出していた筒を片付けて、馬に乗る。テセト王子が私の方を見て、片目を閉じて見せたのがわかった。ありがたい、と素直に思って頭を下げておく。どうして王太子殿下が私のことをそんなに見つめてくるのかはわからないが、少し怖い。今の王太子殿下と話はしたくなかった。
「行こうか」
王太子殿下がそう言ってテセト王子がそれに続く。馬の背に乗りながら、子爵の屋敷について夕食を一緒に摂ろうと言われたらどうしよう、と思った。
子爵の屋敷は男爵の屋敷よりも広く、街の中心に位置していた。夕食を一緒に、と言われるまでもなく子爵と王太子殿下、テセト王子で夕食を摂ることにいつの間にかなっていた。エルム様と私はお呼びではないらしい。それに安堵しながら自分の部屋に上がらせてもらうことにした。
「疲れた」
いつもよりもずっと疲れた気がする。寝台に横になって懐に収めていた短剣を取り出した。その模様をなぜていると安心できる気がした。ギリウス王子は今何をしているだろうか。前とはずいぶん様子が違って、執務を真面目にこなしているらしい。元々優秀なやつだからな、仕事が楽になった、と王太子殿下がこぼしているのを聞いた。執務をしているのだろうか。夜だから、夕食をとっているところだろうか。そこまで考えて、自分でギリウス王子のことを考えていることに対して笑ってしまう。
「気にしすぎ」
気にしすぎだ。本当に。そう思っていると、コンコンと扉がノックされた。体を起こして、はい、と返事をすると、侍女が立っていた。
「こちらが届いておりました」
恭しく差し出されたそれは折りたたまれて紐で結ばれた紙だった。なんだろうと思って開いてみると、無事か、元気か、の二言だけが書かれている。端にはギリウス、の署名があった。
「これ」
「今朝届きました。お返事を書かれるようでしたら、紙とペンを整えますが」
「お願いします」
すぐにそう言うと、侍女が部屋から出ていく。なんだか涙が溢れてきて、その二言だけの手紙を何度も読み返してしまう。そこでわかった。私は今日一日の王太子殿下の様子が怖かったのかもしれない。どうすればいいかわからなかったのだ。コンコン、と扉がノックされて、返事をすると侍女が机に紙とペンを置いてくれた。
「明日の朝にこちらから早馬を出すとのことですので、返事は明日の朝までにお書きください」
「ありがとうございます」
侍女が微笑んで部屋を出ていく。先回りして手紙を出してくれていたのだと思うと余計に涙が溢れた。ついていけないから、と言っていたけれど本当にありがたい。心がほぐれた。
「なんて書こう」
さっきよりも確実に心が上向いていることが自分でもわかった。




