血統
お尻が痛いな、と思いながら前を歩く馬に乗っているテセト王子を見る。今日も女性物の服を着ていて、一見すると女性にしか見えない。テセト王子についている臣下はいないらしい。おつきの者がいなくていいのか、と思ったけれどいいらしい。
「もうそろそろ次の街だ」
王太子殿下の声が前から聞こえてくる。それにマントの下で頷いて、今朝のリャト王子とのやりとりを思い出した。
「これ、なんて書いてあるかわかりますか?」
「た、短剣ですか?み、見てみましょう」
リャト王子がそう言って短剣を受け取ってくれる。旅に出る前になんて書いてあるか知りたかったから、リャト王子が見送りに来てくれていて助かった。ギリウス王子はその代わりにいないみたいだ。お忙しいのだろうな、と思った。
「こ、これは古代アルル語ですね。こ、これをどこで?」
「ちょっと」
「…そ、そうですか。い、意味は『こ、この者に守護を』です」
「ありがとうございます」
リャト王子が何かいいたげに私のことを見る。それに頭を下げて短剣を受け取った。書かれている言葉はなんら不思議のないものだ。短剣が作られた時に彫られたのかな、と思いながら文字が彫られているところを指でなぞる。
「ほ、本当に、お気をつけて」
「ありがとうございます。リャト王子のおかげで踊りもずいぶんできるようになりました。王太子殿下の呪いを解いてきます」
そう言ってリャト王子に笑いかけると、リャト王子も笑ってくれた。そして口を開いて、閉じた。
あの時、本当は何を言おうとしたんだろう。時間がなくて聞けなかったけど、ちゃんと聞けばよかった。リャト王子は頭がいい。だからこそ言うべきか言わないべきかいつも悩んでいる。私のことも慮ってくれる。
思考に沈んでいると、鼻先をプーミの匂いがくすぐった。マントを少しずらして先を見ると、煙が上がっているのが見える。次の街についたのだと思うと少しホッとした。
男爵家に泊まる。話はつけてある
「今日は男爵の屋敷で世話になることになっている」
王太子殿下の声が聞こえてそれに、マントの中で頷いた。できるだけ顔を知っている人のところに厄介になることに決めたのだろう。それはどう考えても私のためでもあった。
なんともいえない気分になりながら街まで進んでいくと、男爵の屋敷は街の中心部ではなく郊外にあった。あまり大きくないその屋敷はそれでも丁寧に手入れされていることが外から見てもわかった。煉瓦造りのその家は温かみを持っている。
「お待ちしておりました」
屋敷の前につくと、男爵が使用人を連れて立っていた。いつから立っていたのだろう。王太子殿下の訪問はそれだけ大きなことだと言うことだ。
「お元気そうで何よりです。王太子殿下。テセト王子、そして」
老紳士が私のことを見て、目を細める。どう見ても値踏みをするような視線が気持ちいいものとは思えない。ため息を吐きそうになるのを堪えて、馬上でせめてもと姿勢を正した。
「話していた俺の侍医だ」
「左様でございますか」
侍医、と聞いて納得したのかどうかはわからないけれど、私から視線を外した老紳士はさあ、中へ、と王太子殿下を促した。私も中で休ませてもらおう。もうお尻も痛いし。馬から降りて馬の手綱を使用人の方に手渡す。ぽんぽん、と馬の首を撫でてから、屋敷の中に入った。
屋敷の中はプーミの匂いと花の匂いが混じり合っていた。濃い茶色で統一された調度品が光沢を持っていて、床には絨毯が敷かれている。
「王太子殿下はぜひサロンへ」
その言葉に私はお呼びではないことがわかった。それに呼応するように使用人たちも私のことは二階へと促そうとする。それに甘えて、二階に上がろうと手すりを触った時、手を掴まれた。
「夕食は一緒に摂ろう」
王太子殿下にそう言われて曖昧に頷いておいた。どうして夕食を一緒に摂らなければならないのか。不思議に思ったけれど、王太子殿下が気にかけているとしれば嫌がらせはされないだろう。老紳士にはそういう危うさがあった。
案内されるままに部屋に入り、マントを脱ぐ。懐に隠し持っていた短剣を出して眺める。何かあれば、私はこれで人を刺してでも生き延びねばならない。そう思うと、少し緊張した。暖炉の前に置かれた机に荷物を置いて、椅子に腰掛ける。
短剣を眺めていると、部屋の扉がノックされた。返事をする前にガチャリ、とドアノブが回される。咄嗟に短剣を背中に隠す。隠した瞬間扉が開いた。
「何を隠したのです」
そこにいたのは先ほどの老紳士だった。爵位が男爵だとは思えないほど、みなりがきちんとしている。
「な、何も」
鋭い視線に射すくめられて、思わず言葉に吃ってしまった。老紳士は私のことを上から下まで眺めたあと、ふん、と鼻から息をした。偉そうだな、と素直に思ってしまう。
「侍医は侍医らしくすることですな。ご自分の立場を弁えることくらいできますな」
言いたいことだけ言うと、侍医は扉から出ていった。なんだったんだ、と思いながら出ていった扉を見つめる。何を言われたかはわかる。王太子殿下と恋仲になろうなど考えるな、と言われているのだ。そう思ったら笑いが込み上げてきた。恋仲になろうなんて考えたこともない。
「失礼だな」
勝手に決めつけて、勝手に叱って出ていきやがって、と言う思いが湧いてきたけれど、私がどうこう言える相手ではない。それにしてもアルルにもああいう、血統を重んじる人間がいることに少なからず驚いた。
確かに王族は王族と、もしくはそれに準ずる者と結婚するのが似合いというものだろう。そう自分を無理やり納得させたけれど、頭に浮かんだのはギリウス王子のことで、それがどうしてか、今の私にはまだわからなかった。




