優しさ
踊りの練習って思っていたよりきつい。リャト王子に見てもらいながら踊って、失敗したらそこからもう一度、というのを日に何度も繰り返していると足と腕が痛くなってきた。
そもそも王太子殿下が踊るのに私が踊る必要があるのか甚だ疑問ではある。そう思いながら寝台に転がっていると、コンコン、と部屋の扉がノックされる。
声を出すのも億劫だけれど仕方ない。はーい、と声を出すと入ってきたのはギリウス王子だった。突然の来訪に驚いていると、ギリウス王子の方も私が寝台に転がっていることに驚いたらしい。目が見開かれる。それに取り繕うように笑いかけて寝台から起き上がった。
「どうされました?」
「そろそろ旅立ちだろう。用意はできているのか」
そういえばそうだった。用意、全然できていない。明日、旅立つのに、旅の支度は何もしていなかった。
「何もしていませんけど、大丈夫です。なんとかなります」
「本当にか」
「それよりご用事はそれだけですか」
わざわざ旅の支度ができているかを確認しに来たのだろうか。そう思ってギリウス王子を見上げると、ギリウス王子はため息をついて、懐から何かを取り出した。
「これを」
「短剣ですか」
「常に携帯しろ。寝る時もだ」
「わざわざ、私に?」
「ついていってやれないからな」
そこで初めて私はギリウス王子が今回の旅に同行しないことを知った。少なからず驚いてギリウス王子の顔を見ると、ギリウス王子はため息をついて私の方へ手を伸ばしてきた。なんだ、と思いながらその手を見ていると、頭を優しく撫でられる。
「護身術は兄上から習っているんだろう。なら、大丈夫だろう」
「はい」
そうは言っても不安が残る。前回の旅のとき、ギリウス王子がいなければ私はどうなっていたかわからない。不安げな様子が顔に出ていたのか、ギリウス王子が薄く笑った。
「大丈夫だ」
ギリウス王子にそう言われても不安は消えない。精神的にかなり寄りかかっていたらしい。困ったな、と思いながら下げていた視線を上げると、ギリウス王子がもう少し強く私の頭を撫でてくれた。それから、部屋を出ていった。
その出ていった扉を眺めながら、励ましに来てくれたのか、と思った。わざわざ。ギリウス王子が。どんな心境の変化だろうか。
受け取った短剣を見る。さやには精緻な模様の加工が施されている。綺麗だな、と思いながらその短剣を目線にかざすと、鞘当ての部分に文字が彫られていることに気づいた。なんて書いているんだろう、と思ったけれど読めない。今度リャト王子にでも読んでもらおう。
「いないんだ」
口に出すと現実味が増したきがした。ギリウス王子が旅に同行しない。前回の旅を思い出して身震いしてしまう。背筋がいきなり冷えた気がした。大丈夫だとは思うけれど、前回の旅はギリウス王子がいなければどうなっていたかわからない。
「王太子殿下、一緒に寝てくれないかな」
一人で寝るのは怖い。何があるかわからない。王太子殿下に一緒の部屋で眠らせてもらえるように頼んでみよう。無理かもしれないけれど。
「用意しないと」
そう言って無理やり気分を変えないと、なんだか暗い場所に行ってしまいそうで怖かった。




