約束
「大丈夫です。安心してください」
両手を今度は私が取って握りしめる。強い声でそう言うと、何かを言い募っていた声がやんだ。
「治してくださるの?」
震える声でそういった女性に、とりあえずではあるが頷いておく。そうしないとこの場は収まらない。王太子殿下を横目でチラリと見ると、王太子殿下も私に向かって頷いた。
「ありがとう。本当にありがとう」
私にそう言ってくる女性の手は冷たい。本当に困っているのだろう。
「それではテセト王子とお話をさせていただけますか」
「わかったわ。本当にお願いします」
立ち上がって部屋を出ていく女性を見送ってから、テセト王子を見ると、その顔は苦しげに歪められていた。その視線は女性が置いていった床の服に注がれている。
「とりあえず座ろうか」
王太子殿下がそう言うと、テセト王子が我に返ったように動き出す。私も長椅子に座らせてもらおうと動く。長椅子に座るとふかふかとしていて体が沈み込む。ちゃんと自分で姿勢を保っていないと、姿勢が崩れてしまいそうだ。
私の隣に空間を開けて王太子殿下が座り、テーブルを挟んで向かいにテセト王子が座った。その格好を失礼にならない程度にもう一度見ると、女性ものの服で間違いないようだった。
「お見苦しいところをお見せして、申し訳ありません」
「気にするな。こちらは頼む立場だ」
「それで、あなたは医者なの?」
テセト王子が不思議なものを見るような目で私のことを見る。王太子殿下がこちらを見てから、テセト王子に向き直る。
「フューイだ。俺の呪いを抑えることができる」
「兄様の呪いを?」
「そうだ。それでテセト、呪いを解くために、お前に笛を吹いてほしい」
いきなりの言葉に驚いたのかテセト王子が目を見開いた。あまりにも端的な言葉にそれで通じるのかと思ってしまう。王太子殿下を見て、テセト王子を見る。テセト王子は少しの間、考えるような顔をした後、王太子殿下のことを見た。
「僕にできることならなんでも」
「そうか。助かる」
テセト王子の言葉に王太子殿下がそういって会話が終わる。今の会話だけでいいのか?と思ってテセト王子を見ると、テセト王子もこちらを見ていて、目が合った。
「僕のことを治せるって言ってたけど」
「治すつもりはありません。あの場はああ言わないと収まらないと思ったので」
そういうと、テセト王子はそう、と呟いて私から視線を逸らした。
「尋ねてもいいですか」
完全に好奇心で口から言葉がついて出た。テセト王子は再び私のことを見る。王太子殿下は何も言わない。
「この服のこと?理由は単純だよ。僕に似合うから」
「そうですか」
似合うから着ているとは単純すぎる理由だ。明快でわかりやすい。まあ、私みたいに癒しの力を使える人間がいて、王太子殿下のように呪いを受けている人間もいる。その中で、テセト王子の服くらいは小さい問題だ。
「お母様はこの服が嫌なんだ」
だってみっともないでしょう?と言われて言葉が咄嗟に返せなかった。みっともないとは思わない。だって女性もののスカートはテセト王子によく似合っている。
「みっともなくはないだろう。テセトはその格好がすきなんだろう?」
王太子殿下がそう言うと、テセト王子が俯く。王太子殿下はこういうところが懐が深い。
「それよりも僕の音楽だけでいいのですか?踊りは?」
「ああ、俺とフューイが踊る」
「練習はどうですか?うまくいっていますか?」
練習、という言葉に王太子殿下がぎくりとしたのがわかった。私も同じようにぎくりとした。練習なんて一度もしていない。リャト王子が教えてくれた踊りを覚えているかどうかも怪しい。そこらへんはまあどうにかなるだろう、と思っていた。
「兄様の踊りに音楽を合わせるなんて楽しみだなあ!」
独り言のようにつぶやかれた言葉は本当に楽しみにしている、という気持ちに溢れていた。王太子殿下の顔を見ないように努めなければ思わず顔を見合わせてどうしよう、という顔をしてしまっただろう。
「楽譜はここにある。仕上げるのにどれくらいかかりそうだ?」
テセト王子が王太子殿下の手渡した楽譜にざっと目を通す。
「3日あれば」
「なら、3日後には出発しよう」
「王宮ではないんですか?」
「ああ、演奏してもらいたい場所がある」
そう言うと、テセト王子が嬉しそうに笑った。
「外に出て演奏するのが一番好きです」
「そうか、楽しみにしている」
「はい!」
そのやりとりを聞きながら、私は踊りをどうしよう、としか考えられなかった。




