母親
別邸って遠いな、と馬の背で揺られながら思う。頬を撫でる風はすこしあたたかく、季節が移り変わろうとしているのがわかる。今日は第四王子に会いに行く日だ。
横笛の名手である第四王子に、魔法使いシュルベルを呼び出すために笛を吹いて欲しいと頼みに行く。私が同行しているのは、王太子殿下が困ったような顔でついてきてくれると助かる、と言ったからだ。
どうしてついていくと助かるのかは知らない。第四王子とその母は別邸に住んでいて、場所は敷地内にあるものの遠い。馬に乗って行かなければならないほどの場所に住まいを建てたのはやはり、妻同士の諍いを嫌ってのことなのだろうか。
そんなことん考えていると王宮ほどの豪奢さはないが、立派な建物が見えてきた。第三夫人の屋敷とは違い、外壁は全て白で統一されている。あそこか、と思って見ていると前を歩いていた王太子殿下の馬の歩みが止まった。それに合わせて私の馬も止まる。
「あれだ」
王太子殿下の言葉に頷くと、また馬が歩き始める。そこからほどなくして屋敷の前に馬を止めると、中から男性が転がるように飛び出してきた。その様子に驚いていると、男性は慌てた様子で少々お待ちください!と言ってなかにもどっていった。
中で何があるんだろうか、とその白い建物を見上げる。朝の日差しを受けて、眩しくかがやくその建物は一部のくもりもないように見えた。ぼんやり眺めていると屋敷の中から女性の悲鳴が上がる。王太子殿下が馬の手綱を渡してくるのを無言で受け取ると、そのまま中に入って行った。
馬は悲鳴に驚きもしないで悠然とたたずんでいる。本当に賢い子たちだ。それからしばらくして、王太子殿下がさっきの男性と一緒に外に出てきた。その様子に焦りはない。
「フューイ、中に入ってきてくれ」
「分かりました」
男性は王太子殿下と私を見比べて何か言いたそうにして結局何も言わなかった。男性に手綱を渡して王太子殿下と屋敷の中に入る。すぐに聞こえてきたのは、女性の懇願する声だった。
「お願いよ、テセト、王太子殿下が来る時くらいこれを着てちょうだい。頭がおかしいと思われてしまうわ」
部屋の扉は開かれたままらしい。声が聞こえてくる方に王太子殿下が歩を進める。いいのかな、と思いながらもそれについて行くことにした。屋敷の入り口からほど近い場所にある部屋を覗くと、そこには手に服を持った女性と女の子が立っていた。女の子は白いドレスを着ていて、唇をかみしめて下を向いている。
手に服を持った女性は入口に背を向けているから、表情は見えない。
「失礼する」
王太子殿下がそう言うと、服を持った女性が振り返った。銀色の髪に銀色の瞳、儚げ、と言う言葉が似合うその女性は王太子殿下を見ると怯えたように目を伏せた。
「これは、王太子殿下、あの」
「テセト、そのままでいい」
王太子殿下は女性の言葉を聞かずに、女の子のほうへ声をかけた。テセトって第四王子の名前だ。そこまで考えてから、ああ、と合点がいく。第四王子は女性ものの服を着るのが好きなのだろう。それでこの騒ぎなのだ。
「王太子殿下、そのような」
「俺がそれでいいと言ってるんです。何も問題はないでしょう」
王太子殿下の言葉に手に服を持った女性が今度は唇をかみしめる。手にも力が入って、服に皺がよった。今の言い方は突き放すような言い方だった。
「あなたは?」
女性が私をみてそう言った。返答次第では気持ちが昂ぶりかねない。どう答えよう、と思っていると助け舟は出された。
「俺の侍医です」
「お医者さん?」
「そうです」
王太子殿下の言葉に全力で乗っかることにして何度も頷く。すると女性が、手に持っていた服をその場に取り落として、私のところに駆け寄ってきた。
「それならどうかテセトを、テセトを治してください」
「あの」
「あの子、頭がおかしくなったんだわ。どうかテセトを治してください」
私の両手をとってそう言い募る女性に困って王太子殿下を見ると、その瞳は冷ややかだった。この女性に対していい思いは持っていないらしい。どうしようかな、と考えてからとりあえずこの場を収めることにした。
「大丈夫です、安心してください」




