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無力化

「くそ、前が……! 前が見えない! 自動洗浄機能をつけるべきだったか……!」


 竜がそんなことを大真面目に呟きながら、その重々しい前脚で顔にこべりついた俺の血を拭い取ろうとする。が、金属の手にそんなことができるはずもなく、空をただひたすらに掻くのみであった。


「おおおおおおおおおおおおい! 触手が欲しいんだろ! これを使え!」


 突然、どこかから素っ頓狂なオッサンの声が響き、華麗なる夜空に淫靡な触手が舞った。それはビチビチと面妖な音を立てて乱れながら、リーゼの手に収まる。


「ありがとうっす! って誰!?」


 鋭いツッコミと共にその声の主に視線が集まる。この場にいるほぼ全員が、機械竜までもが「誰だよ」と口にするが、その人物に見覚えがある人は確実にいた。俺とイケメン君の二人である。


「ポーション屋のオッサン!!」


 服のみを溶かすポーションや透明人間プレイを楽しむポーション、果てには素晴らしい記憶を体験できるポーションまでも販売していた素晴らしいお店の店主であった。きっと今宙を舞っている触手もいやらしいものに違いない。オッサンはドヤ顔を浮かべながら声を高らかにあげる。


「おうよ! 店ぶっ壊されたから来たぜ! 手伝えば金入りそうな気がするし! そこの男に来いって言われたんよ!」


 そこの男とやらは屋敷内でウデムシの人生? を堪能して再起不能になっていた京凰院響キョウオウインヒビキであった。連れ添いの可愛い子二人も同伴している。彼は炎の槍を旗かなにかのように振り回していた。目立ちたがり屋である。


「話は聞かせてもらった! 追憶のポーションの効果を消してもらうついでにその触手は買い取ったから自由に使ってくれ! あと、君たちを悪魔の手先と誤解して悪かった!」


 どうやらウデムシの呪いを解呪するついでに話を聞いて来てくれたらしい。店がぶっ壊れたというが無事なのはきっとあのチート野郎の所為だろう。


「ありがとう! お前こんなエロイ触手選ぶなんてセンスあるぜ! ヒューヒュー!」


 とりあえず素直にお礼を言うのも釈然としなかったので煽っておいた。


 まぁ事実、この僅かな時の間に、リーゼは触手と格闘を始めていた。ぜぇぜぇと息を荒らげ、顔を真っ赤にしながら鍋にそのタコの脚のような道具をぶち込もうとする少女と、そんな少女の腕や体に粘液を塗りたくって柔肌をまさぐり、痴漢に勤しむ触手。……あんな店にある道具なんて全部似たり寄ったりだろうけど。


「ああ、リーゼロッテ様が!!」


 イケメン、否、ヴェーダが悲観するように声をあげて頭を抱えたが、彼に助けようという気概は見られなかった。気持ちは凄い分かる。俺も正直ずっと見ていたい。だがさすがに状況が状況なのですぐに助けに向かう。……そうしたほうが好感度が上がると思った。人間を突き動かすのは欲望だ。そして彼は目先の欲望に負けた。俺が見る欲望は直接まさぐる欲望である。


「【パラライズタッチ】」


 触手に効くかどうか若干の不安があったものの、効いてくれた。リーゼのサラシを解こうとしたうえで、下の服にまで手を出そうとしていた無邪気なそれはだらりと力なく垂れ下がる。


「た、助かったっす! これで! 完成するっすよ!」


 ――――ボチャリ。タコの脚が怪しい黒魔術的大鍋に投入されて、黄金と虹色が混ざった幻想的な色合いの熱湯が飛び散る。


「あっつ! 熱っ!? 恩を仇で返しやがった!」


「ちょっとぐらいいいじゃないすか! これで完成っすよ!」


 ――――ドカーン! と、馬鹿みたいな音がして大釜が青い煙に満たされる。それが空気と混ざり合い、霧散していったとき、気付けば釜は消えていて、代わりとばかりにリーゼの手には錬金術で生み出した道具があった。それはまるでリモコンであった。ボタンが三つほどあって、一つは緑色で、もう一つは赤。最後の一つは髑髏マークで、隣には「絶対に押すな」と書かれていた。


 押して欲しいのだろうか? にしてもふざけた見た目である。牙やら触手で造られたとは思えないほど機械的であった。


「ポチっとな!」


 リーゼが満面の笑みで牙を見せながら赤いボタンを躊躇なく押す。少女の爬虫類的な金色の瞳がうすら輝くなか、たったそれだけでこの壮大な戦いは勝敗を決した。


『遠隔操作モードを受けました。機械竜アリアージュは機能を停止します』


 作業的な声が竜の口から響いて、機体は微動だにしなくなる。赤い双眸は光をなくし黒に染まり、いかにも電源が切れた感じになっていた。


「え、ナニコレ? 動かん! 動け! 動けこのポンコツが! 動けってんだよ! ……な、な、何をしたんだ!?」


「ゴーレムを造るには絶対にコアっていうんすか? 人工知能? が必要っす。それの支配権を乗っ取ったっす。装甲を壊す武器を作るのもいいっすけど、素材が足りないっす。あ、勘違いしないでよね! 造れない言い訳をしてるわけじゃないっすよ! 赤眼黒龍の眼球とかがあれば造れたっすよ!!」


 錬金術師としてのプライドがあるのか、リーゼは真剣な眼差しでそんな訴えを起こしながらも、勝利を確信して無邪気に笑って見せた。


「くっそ地味な決着ですねー」


 団栗眼を爛々と輝かせて呑気そうに誰もが思った感想を口にする。それはリーゼの耳にも入ったらしく彼女が表情を露骨に硬くしたので、俺は即座にフォローを入れる。


「しーっ! リーゼはああいうプレイが好きなんだよ。個性ってやつだ」


「あとで絶対容赦しないっすからね。カイト」


 あー怖い怖い。饅頭怖い。――――ともかくこれで戦闘終了である。

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