血の道
「ああ……まさかここまで君達がやるとは思わなかった。ならば奥の手といこうか。まだ技名が決まってないから使いたくはなかったのだがなあッ!!」
竜は尻尾での攻撃を止めると、態勢を立て直し、鋭利で貴金属的な光沢を見せるアギトをこちらに向けた。その物々しい口が開かれて、太陽のような輝きが奥より零れる。
直後、その口から巨大な光の一撃が、眩いまでに巨大な光線が放たれた。圧倒的なまでの破壊光線がもたらす衝撃はドラゴン自身にも大きく影響し、後脚部が反動で地面を摩擦する。そのためか、僅かに狙いが逸れてくれた。白い光は近くにあった建物を撃ち抜き、塵へと変える。
「ふぅむ、思っていたより衝撃が大きいな。次は衝撃を考慮しようか。第二射準備ぃ!」
――――キュィンキュィンと独特なチャージ音が銃声に混ざり始める。光がゆっくりと口の奥で収束していく。誰がどう見てもよろしくない状況であった。
「リーゼ! あとどれくらいで秘密兵器的ななんかそういうアレできるんだ!?」
「無茶言わないでほしいっす! 誰かぬめぬめしてる触手っぽいのないすか!? それがあればあと30秒ぐらいっすね!」
リーゼが真剣な眼差しで、額から汗を垂らしながら大釜でぐつぐつと何かを煮込み続ける。なんともまぁこんな状況で馬鹿みたいな光景に発言だが、きっと大真面目なのだろう。だが、持っているはずなどない。……しかしどこかで見たような気もする。
「そんなものあるわけ……あ、ティアとか持ってそうなイメージあるな」
「防御壁を解除してしまいましょうか。ええ、きっとカイトは赤が似合う」
ティアは真顔で面白い冗談を言ってくれる。まるで本当に解除しそうに見えるのが怖い。
「ジョークだろうがジョーク……絶対解除するなよ死ぬから。イーリス、音符であいつの口を塞げないか?」
「無理ですねー。ビーム音がワタシの声よりうるさいです。女神パワーは使うとすんごいことになっちゃうので無理です」
そういえば神の力的なのを行使するのは苦手だったけか。猫被って不器用で可憐なロリっ娘演じてるだけかと途中から思ってたが。
「フハハハハ! 終わりよ終わり! 技名も決まった! 貴様らの寿命のカウントダウンの時間だ」
「とにかくなんとかしねえと、そうだ! 【マジックローション】!!」
バフとアイテムによって増幅した力はローションの発射量にも反映されて、いままでで一番大量のヌメヌメが手から放つことができた。それは高い拡散率でもって周囲に広がり、竜の体と地面を濡らす。結構な量を他の皆にもぶち撒けてしまったが、代償として得た効果は大きなものだった。
――ただでさえ二足歩行などという投擲でもしない限りメリットのない態勢をしているのだ。そんな状態で地面との摩擦がヌメヌメになってしまっては、弾丸を放ち、その巨躯が動き回るだけでどうなるかは予知できた未来であった。
だがそんな予知は外れた。足場の悪い地面において、ドラゴンはどのように動くか想定済みであった。――――金属質な巨翼が羽ばたく。竜巻が地面を砕き、突風が荒れ狂う。地面に映る夜の影がより一層黒くなったかと思うと、その竜は空を舞っていた。
「フハハハハ! 翼があるなら飛べるに決まっているだろうに! 実に滑稽だったよ! 死ぬ間際にローションプレイとは精根凄まじいなぁ! だがもうチャージは終わる……ゲーム終了だ」
もう時間はない。チャージ音はもうじき完了しますとばかりに連続的に高音を鳴らし響かせて、太陽のような輝きが見えた。
「おいイケメン! 斬撃を氷にしたり飛ばしたりできるなら風を作って俺を吹っ飛ばせないか!? 上空にだ!」
「できるけど……防御壁があると上手く飛ばせない。けれども無いと無傷じゃ済まない」
「好都合だ! ティア、やっぱり触手の話はジョークじゃなかったんだ。解除してくれ。そして俺をいますぐ打ち上げろイケメン! 絶対時間がない!」
ティアは青い瞳を大きく見開いて、こういうときだけは不安げに顔色を暗くした。けれどもヴェーダとほぼ同時に頷くと、俺の体から光の膜が消えた。
「【狂風水月】!」
イケメンが吼えるようにしてスキルを唱え、俺のすぐ隣で剣を振り上げた。――――風が、銀の竜巻が俺の足元から湧き上がった。全てを切り刻むような暴風の刃が露出していた皮膚をズタボロに切り裂きながら全身を、飛び散っていく鮮血と共に天へと運ぶ。
飛翔する速度は凄まじく、一瞬で竜の頭上よりも高く、そして回復魔法も届かないところまで飛んでいた。
ふわりと、浮遊感。直後、剣撃が生み出したその荒れ狂う風が消え、俺の体は自由落下を開始する。
「発射準備完了! フハハハハハハ! 【太陽を敬う】よ! 放たれろ!」
ドラゴンが勝利の確信に陶酔しながらそんなことを口にして、その巨大なアギトを開きリーゼ達に向ける。残り時間はあと1秒あるかどうかだった。
俺は血まみれの腕を動かそうとして、ヴェーダの剣に近かったほうの腕が飛んでいることに初めて気付く。どこもかしこも同じくらい痛くて、もしくは痛くなくて反応に遅れる――――スキルの弊害だった。
咄嗟にもう片方の腕を使い、前に突き出して、ティアのフックショットを打ち放つまでに0.5秒。バフもろもろが無ければ不可能な動きである。
鍵爪が射出されて、竜の頭上、突き出た黄金色の二本角の片方に引っかかるまで0.2秒。トリガーを退いて、俺の体が吸い寄せられ、頭蓋に足をつけるまでにさらに同じ時を掛ける。
……残り0.1秒。刹那のときのなかで俺が行なうべきことは、たった一つの単純なことで、ズタボロになって滝のように流れる赤い血液を、竜の双眸に垂れ流すことであった。
「【マジックローション】」
全身からローションの分泌。ぬめぬめが鮮血と混ざり合い、どこか壮大な芸術作品のような状態となってだらだらと、瞳はおろか頭部全体を汚す。
目にゴミが入った状態で銃を撃てるか。否、撃ったことはないので断言はできないが、機械竜アリアージュには出来なかった。レンズはローションによって視認する光を曲げられ、あげくに血に染まったのだ。一瞬を制したのはこちら側だった。
莫大なエネルギーが失明しそうなくらいの光となって放たれる。しかしその壊滅的な一撃が放たれた場所はあまりにも見当違いで、街の巨大な壁を貫いて、草原のどこかに大穴を生み出すだけであった。遠くで煙が立ち上がるのを一望して、俺は地面に落ちていった。
……ああ、また死ぬのか。どうせならアリアージュがやられるのを見たかった。なんて思ったり。
「【ハイプロテクション】」
「【セイクリッド・ヒールライズ】」
……地面への落下の衝撃は膜に吸われ、全身の切り傷が一瞬にして完治していた。――そうだった。回復職が二人もいて、そのうち一人はポンコツだが誰よりも優れているのだ。こんなんで死ぬはずなかった。
「始まりは、いつだぁって、ナンバーワンよりオンリーワンなんだああああ♪」
イーリスは歌い終わったのか、あざといブリっ子ポーズを……両肘をつけて手のひらを口辺りに近づけ、内股になって片足を上げるポーズをして、キャピっ感じのウィンクを俺に送ってくれていた。
何もかもを見透かしているような栗色の眼は歓喜に満ちているようにも見えた。




