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我々はまたグラスを上げる

「爆発したのかッ!? 昭和みたいなことしやがって、皆平気か?」


 少なくとも俺は無事だった。ティアが咄嗟に唱えたスキルのおかげか、球体状の光の膜が守ってくれていたのだ。しかし相当な威力だったのか、まもなくしてその光の壁に亀裂が入り、霧散してしまった。


「全員に守護のスキルを使いました。無事です。しかし二度耐えられる自信はありません」


 黒煙が部屋を充満しつつも、今の一撃で壁が壊れたのか外に零れて行く。夜風が涼しかった。視界は明瞭とまではいかずとも、皆と敵を視認できるまでには鮮明になってくれていた。


「必殺! 緊縛球っす!」


 リーゼが無から黒色の宝石を取り出したかと思うと、そこから黒い縄のようなものが飛び出し、ゴーレムの体に纏わりつく。


「ティア拘束用のアイテムっす! ブラインドの効果もあるっすよ! だいぶあたしから魔力を吸い上げるのが難点っすけど。でもゴールドゴーレム相手じゃ多く見積もって30秒の時間稼ぎにしかならないっす! 皆はすぐに階段から逃げるっすよ! ああ、でも階段からじゃ……と、とにかく逃げるっすよ!」


「馬鹿かリーゼ! どういう訳か知らんが、お前も標的になってたろ! 一緒に逃げるんだよ!!」


 それに階段からは逃げられない。こいつが来てるってのはイケメン君一人ではどうにもならない事態になってきている証明だ。彼の死? を無駄にするわけにはいかない。


 ――――何か手はないのか……? 都合のいいマジックアイテムとかがあればいいのだが。いや、待て。いいことを思いついた。あるじゃないか。実に素晴らしいくそったれなもんが。


「俺について来い」


 そう言って俺は壊れた壁のほうへと向かう。その部分は外と部屋の境目がなくなっており、もし足を滑らせば百メートル以上の高さを自由落下することになるような状態だった。


「なにしてるっすか!? 危ないっすよ!」


「いや、階段から逃げてもゴーレムまみれになるだけだ。端的に言って詰んでる。それならもっとスタイリッシュな脱出したいだろ? 実験もかねて。だから皆来い。怖いなら手握るし、なんならおんぶしてやる」


 俺が挑発すると真っ先にティアが歩み寄ってくれた。彼女はそよ風に白い髪をなびかせながら、どこかしたり顔を浮かべた。


「愚かですね。エクスマキナは人間とは違い、些細なことで恐怖することはありません。それでどうやって脱出するのです。ワタシは予測を立てました。イカロスの翼を魔法具店で購入したのでしょう。それなら納得でございます。あれは溶けるまで数分の間自由な飛行を可能としますからね。さぁさぁワタシに早く翼を授けてく――――」


「残念、不正解だ。ボッシュート!」


 背中をさすって翼をくださいと希う少女がいたので、俺はさっそく空を飛ぶ勇気と物理的運動を授けてあげた。自信はあるが不安もあるのでついでとばかりにイーリスも叩き落とすことにした。もし何かあったらなんとかしてくれるだろう。神様だし。


「ぴゃああああああああああああああああああああああ!! ち、致命的なエ…………ニャアアアアアアアアアアアア!!」


 ティアの可愛らしい悲鳴が街にこだましていく。対してイーリスはスカイダイビングとかは平気なタイプだそうで、落ちながら俺にハンドサインでグッジョブしていた。どうやら理解してくれているらしい。


「なにやってるんすか!! 頭おかしいんじゃないっすか!?」


 リーゼが目に涙を溜めながら俺の肩を何度も揺らした。俺はその手を掴んで、今やったことを素直に伝えた。

「攻撃してるんだよ。重力を武器にして。忘れたか? 重力を利用してナイフをより深く刺しても無意味だったろ?」


「で、でも幼女は転落死したじゃないっすか!! というかなんで落とすよって一言言わないんすか!?」

「転落のダメージを与えたのはリーゼだからな。けど【オンリーワン】は俺が与えたダメージならどんな武器を使おうが絶対に1になる。俺は自然現象を武器にして攻撃しただけだ。あと言わなかったのはティアに怖がられると困るからだ」


「ティアが空中で動き回ったらカイトがええと、だから……!!」


「空中で暴れたってそれは俺の攻撃に抵抗してるだけで、俺の攻撃には変わらないだろ? 俺がナイフ突き刺して、それで内蔵かき回すってなら話は別だけど。んじゃ俺達も行くぞ」


「ええええええええ!? ちょ、ちょっと待つっす! もし駄目だったらどうなるんすか!?」


 リーゼはぶんぶんと尻尾を揺らし、空を飛べそうなくらい小さな翼をバタつかせた。その表情は怒りや不安、それに期待が入り混じっているように見えた。なんだかんだ言って一緒に脱出する気にはなってくれているようだ。


「……多分、イーリスがどうにかしてくれるだろ。神様だし」


 困ったときは神頼みとはよく言ったものである。まぁこれで大丈夫じゃなかったら俺のスキルは本当に使い物にならないので大丈夫だと信じたい。


「間違ってリーゼが足を踏み切ると、リーゼが自分を攻撃したことになるから、俺が押すからな」


「ちょ、待つっす! やっぱり怖い。怖いっすよ! 間違ってあたしが自分で落ちたら、こんな高さから地面まで落ちて……ミンチ。嫌! 死ぬならもっと綺麗な死に方のほうがマシっす!」


「死なない! 生きる! ……おそらく多分きっと!!」


 地上を見ては体を震わせて、ゴールドゴーレムのほうをチラチラと見ていたリーゼだったが、ゴーレムから鉄骨が軋むような音が響くと、彼女は涙目になりながら俺に抱きついた。


 こんな状況でも活発的な赤毛からほんわりと花の香りはするし、無いに等しい胸でもほのかに柔らかさが残っているのが実感できた。


「ご、ゴーレムの拘束がもう解けるっす。…………お、思い立ったが吉日っすよ。離さないでくださいっす」


「よし、任せろ! ベッドに連れて行くまで離さないからな」


「それはそれでこまッ――――!!」


 リーゼが何か言おうとしたが、こういうのは言わせないに限る。俺は華奢な少女一名を下手糞ながらにお姫様抱っこをして、一緒に飛び降りた。


「一緒に飛び降り自殺だあああああああああ! ひゃふうううううううう! 抱っこ下手でごめん! リーゼの尻尾邪魔だからさ」


「なんでそんなこと言う余裕があああああああああああるんすかああああああああああ!?」


 耳元で轟々と風が響き、凄まじい速度で地面が接近していくのが分かる。時速60キロで風に触るとうんたらとかいうので車に乗ったとき試したことがあるが、そんなものは比較にならないくらいの風が全身に向かう。


 それでも落ち着いて辺りを見渡してみると、アルトゥリックの奇妙な街並みと地平線まで広がる草原が視界を埋め尽くしていた。なにか光り輝く異様なものが空をよぎった。何も共通点を持たないかに見えたこの世界の出身の少女達と、おかしなことを成し遂げた。


「…………、空を飛べば……空を飛べば抜け出せたんすね――」


 十秒も無い空中散歩のなか、リーゼは最良の夢に思いを馳せるかのごとく、一人心地に呟いた。そして、華やかな笑顔をこちらに向ける。八重歯が実にチャーミングだった。


「ハハハ! 俺達はもう引き返せないぜ」


 何がおかしいか分からないが、俺は仰々しい笑いを返す。そのとき、脚が大地に着いた。


 ――――脚に小さなすり傷が一つ出来ただけだった。俺達は、背後でそびえ立つ巨城を脱出してやったのだ。


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