再開
しかしそれは閉ざされていた鉄扉を開くことに等しく、廊下で待機していたと思われるスカイネーターやゴーレムが大量になだれ込み始めた。
「逃げるぞ!」
もう足止め用のローションも麻痺もできない。逃げ道は上への階段のみ。よくフィクションだと殺人鬼や悪霊から逃げるのに上へ行く奴がいて、頭おかしいんじゃないかとつくづく考えていたが……他に逃げ道がないとはいえ俺もそうすることになるとは思わなかった。
赤い絨毯が引かれ、何百段あるかもわからない螺旋階段を必死になって登り続けていく。
「さっきは助かったけど、イーリス、ティア! もうあんな真似しないでくれよ? 寝取られた感じの気分がして凄いむしゃくしゃしたッ!」
「アハッ! か、カイト!? あなた間接的に何言ってるか分かってます?」
いつの間にか透明化が切れたイーリスが冗談なのか本気なのか分からないが顔を赤くする。一方のいまだ透明なティアは淡々と背後を指差した。
「その気持ちは嬉しいですが、そんなこと言ってる場合ではありませんよね?」
指が差された先、背後からはゴーレムがモノアイの光を揺らしながら遠慮なく追いかけて来ていた。加えて、あの空を飛んでいた球体は見ての通り飛行機能があるものだから、螺旋階段など登らずに、軽々と先回りしてあっという間に行く手を塞いでしまった。
俺達は完全に退路を立たれ、ゴーレムとスカイネーターがじりじりと距離を寄せていく。
『標的排除セヨ。排除セヨ! 消滅レーザーを掃射します』
「あー! やばい畜生ッ! 爆弾とかないのか!?」
「侵入に必要なものと言われて買った物などフックショットと暗視薬ぐらいです」
ティアがそんなことを淡々と言って、どこからともなく無骨な拳銃のようなものを取り出す。それはゲームでよくみるフックショットそのものであった。
『エネルギー充填完了。発射5秒前。4、3――――』
「いますぐ向こう側の螺旋階段に撃て!! んで、二人とも俺に抱きつけ!」
俺が命令するとティアは頷きもせずに反対側にあった階段向けて撃ち込んだ。バシュンと鋭い音が響き、鉤爪部分が手すりに上手く引っ掛かる。
スカイネーターが悠長に残り1秒を数えている間に俺はフックショットを受け取り、文字通り両手に花な状態で階段を飛び降りた。
ティアのたわわな胸が体により強く押し付けられる。だが透明である。イーリスからもほんの僅かにあるようなないような感触がして犯罪的であったが、性的興奮を抱く余裕もなかった。
「うひょおおおおおおおおおお! 紐ありバンジー! 俺が腕離さないこと祈れよッ!!」
俺が素っ頓狂な悲鳴をあげるなか、背後でレーザーが階段を溶かすような、氷が一瞬にして気化するような音が響いた。俺達は重力に従い一瞬ばかり降下した後、フックショットがワイヤーとおぼしきものを急速に巻き上げ上昇を開始した。
――――バキッ! 急な上昇負荷によって少女二人と高校生男子の全体重を支えていた俺の腕がやばい音を響かせる。よろしくない音である。痛みこそさほどないものの、腕に力が入らなくなる。
「まずい! 火事場の馬鹿死ぬ!!」
「【ヒールライズ】」
が、それもなんとか持ちこたえて、螺旋階段に復帰した。
「今、美少女二人を抱かかえたわけですけど感想はないんですか?」
「柔らかくて、あと凄い甘い匂いがしてよかったです。じゃなくて! まだ追われてるの分からねえのか」
「【千剣時雨】!!」
尖塔の一番下、足元から、もはや聞き慣れたイケメンボイスでこれまた格好いい感じのスキル名が唱えられるのが耳に入ったかと思うと、追ってきていたゴーレムとスカイネーターが何も無いところから現れた剣の雨に撃ち抜かれて撃墜されていく。
「よかった! 助けが間に合ったみたいだね。リーゼロッテ様を頼んだよ!」
「イケメン! ナイス! イケメン1じゃない! 世界一だお前!」
「そりゃどうも!」
これで逃げ切ることができる。俺達は頂上を目指して進み続けた。ぜぇはぁと息を荒らげながら走り、やがて天井までの高さが2メートルを切ったところで巨大な金属製の扉にまで辿り着いた。扉には『警告:関係者以外立ち入り禁止』とあるが関係ない。法律破って警告には従う馬鹿などこの世界のどこにいる。
俺は扉を押し開けた。バフ込みで足が挟まる程度の隙間を開けるのも辛いほど重たかったが、なんとか扉の向こうまで辿り着く。カチャリと、重いわりには扉が閉じる音はごくごく小さなものであった。さきほどまでレーザーが飛び交う戦場にいたのが嘘みたいに静かな部屋で、ほんの僅かに下からくぐもった音が聞こえるのと、鍋を煮込む音ぐらいだった。
「――――まだ敵がいるかもしれない。慎重に行こう」
俺が小声で伝えると二人は楽しそうに云々と頷いてくれた。階段を細心の注意を払って一段一段と上がっていくと、やがて最上階の部屋が視界に入った。
思っていたよりも狭苦しい部屋だった。いや、錬金術に使う大鍋やポーション、素材であるドラゴンの牙などが無造作に置かれていて圧迫感を感じるだけか。
部屋にはあの狂った錬金術師が、真っ赤な髪と肌脱ぎした奇妙な衣服を揺らしていた。スラリとした体から生えるドラゴンの翼と尻尾、それとなぜか頭に生えているケモ耳を脱力するようにうな垂れている。随分としおらしくなってしまった少女が一人いるだけだった。
「…………助けてくれないもんすかねー。こんな生活続けさせられて、好きでもない奴と政略結婚する運命なんて。……まあ、無理っすか。手を振り払うどころか大外狩りしたのは紛れもなくあたしっすよ。……はあ」
少女は、リーゼは俺達が部屋にいることにまだ気付いてないらしく、そんな独り言を物悲しげに発した。
――――沈黙。数秒遅れて小さな嗚咽と、鼻をすする音が響くと、彼女は今にも泣きそうな声で言うのだ。
「…………助けて」
断言しよう。俺は純粋に助けようと思う優しさでここに来たわけではない。勇気というよりは開き直りで、こんなみっともない勇者はいないだろう。
だが、今だけは、ただ囚われの少女を救うために来た者になるべきだと思った。理由は分からない。そして同時になんでもいいから茶化してあげようと思った。
「その言葉を待ってたぜ! 今、助けてくれるなら何でもするって言ったよね?」
ビクリと、リーゼのケモ耳と尻尾が飛び上がった。途端に小さな翼がパタパタと活発的になり、少女はゆっくりとこちらに顔を向ける。
少女は顔を真っ赤にしながら満面の笑みを浮かべると、鮮やかな金の瞳がぼろぼろと涙を流してくれた。




